第18話 刺激的な出会い?!

翌朝、モーニングコールなしでも七時に目覚めた。


今朝はルカは勤務していないので、モーニングサービスは来ない。朝食は地階のレストランまで、食べに行かなくてはいけないらしい。


「それもいいかな」


 念のため、財布とパスポートを小さなポシェットに入れ、部屋を出た。


 地階にある狭い朝食用レストランは、もともとワイン倉庫だった場所を改装して、利用しているらしい。


小さな丸テーブルが並んでいて、白いテーブルクロスがかけてある。


その上には小さなカーネーションの一輪挿しと、銀のポットに入ったコーヒーとカップが準備されている。


家庭的で可愛らしい雰囲気が気に入った。


食べ物は壁際にずらりと準備されて、ビュッフェ式になっている。


チーズやハムの他は、菓子パンや甘いヨーグルトが多く、果物はあるが野菜らしいものは見当たらない。


ブジェットのホテルなんて、こんなものなのね ・・・ 


マー君の日本の彼女なんて、こんなところでいいだろうと思ったのかしら。


さっきまでインテリアが家庭的で素敵なんて思っていたのに、ロベルトが急に憎らしく思えてきた。



「くそっ、 ロベルトめ!」


心の中で毒ついたが、テーブルの上のコーヒーを飲むと、次第に気持ちが落ち着いてきた。


「こちら、いいですか」


サングラスをかけた、黒髪の男性が、丁寧にたずねてきた。周囲を見ると、どのテーブルもカップルや家族連れで埋まっているので、


相席になるのは仕方ない。


「ええ、どうぞ」


私は笑顔で答えた。


おっ、よく見ると、なかなかいい男。きちんと背広を着込んで、落ち着いた大人っぽい雰囲気を漂わせている。


かといって私には年上過ぎる、というほどでもない。


日焼けした肌に、若々しさと遊び心を感じる、


可愛いけど優柔不断なマー君や、若くて軽薄そうなルカより、私にはこういう人の方が似合うのかもしれないな。



「おひとりですか」


彼はかなり訛った英語で尋ねてきた。



「ええ。あなたはどちらから?」


私はつい上目づかいをして、可愛い子ぶった。


「スペインからですよ、あなたは中国人?」


「いいえ、日本人よ」


「おお、日本人! それは素晴らしい!」


彼は大きくうなずいた。


「私はぜひ一度、日本に行ってみたいんですよね。ローマには観光ですか」


「ええ、まあ・・・」


 彼はにこやかに話しながら、テーブルにあった銀のポットから、私にコーヒーを注いでくれた。


私は礼を言い、手元にあった果物を口にした。


彼は、自分は建設関係の仕事をしていて、今回は短期の出張でローマに来ていると話した。


ローマはもう三度目だけれど、いつ来てもこの街の美しさには圧倒される、と楽しそうだった。


「あなたは何も食べないんですか」


彼はまだ、ビュッフェから何も持って来ていなかった。

「ああ、そうだな・・・」


急に思いついたように、彼が周囲を見渡した。


「私はパンとヨーグルトを取ってきます。あなたの分も取ってきましょうか」


私が気を利かせてそう言うと、彼は微笑み、


「ああ、ありがとう。お願いします」


と言った。



食堂には団体客が増えて、ビュッフェの前も行列ができていた。


数分待って、二人分のパンとヨーグルトを手にした私が席に戻ると、


そこにあの男性の姿はなかった。


「あれ・・・」


それだけではない。テーブルの上に置いたはずの、私のポシェットもなくなっていた。


き引き、という言葉が頭の中に浮かぶまで、数秒かかった。


私はパンとヨーグルトをテーブルに投げ出すと、


食堂から飛び出し、階段をかけ上がった。フロントはチェックアウトする客で混雑している。


そこにいる客を一瞥したが、あのサングラスの男性はいない。


ソファにも、玄関外でタバコを吸っている人たちの中にも・・・。


私は表通りまで走った。でもあの男らしき姿は、もうどこにもなかった。



この私が盗難に遭うなんて。


そんなこともあるよ、イタリアだもん。


誰か他の人の話なら、私もそう言っただろう。


でも、自分がその被害者になるなんて、どうして考えつかなかったのだろう。


(続く)

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