第19話 頼れる男、ルカ?!

私は雲の上を歩くような足取りで、ホテルへ戻った。


あのポシェットに入っていたものは何だったかしら。


現金2万円ほどと、パスポート。


ホテルのキーはポケットに入っていた。クレジットカードや携帯電話が入っていなかったのは幸いだった。


手持ちのお金を全て失ったわけではないし、現金はあきらめるしかないけど、パスポートは痛いな。


明日帰国だもの、今無くすのは、本当にヤバい。


どうしよう ・・・私は体中の血が凍る気がした。



フロントにいた若い女性に、盗難にあったことを話すと、警察に連絡するから、部屋の中で待っているようにと言われた。


「警察への盗難届は、帰国後の保険申請のとき必要なんですよ。


でも犯人が見つかるとは期待しないでくださいね」


こんなことはよくあることだとでも言うように、平然とした様子だった。


ああ・・・。


フロントの女性は日本大使館の住所と開館時間をネットで探して、印刷してくれた。


今日中に警察に盗難届を出して、大使館でパスポートの再申請をするとなると、時間はぎりぎりだ。


これじゃ、ロベルトに会う暇もないかもね・・・。


自分の馬鹿さと不運さに、気が遠くなりそうだった。



私はふらふらと弱々しい足取りで、自分の部屋に戻り、ベッドの上に横になった。


ローマ市内の喧騒が、窓から流れてくる。


警察に届けを出したら、日本大使館にわざわざ行かなくちゃいけないのか。


勝手を知らない土地で、地図とにらめっこしながら・・・なんだかすごく面倒くさいことになった。


マー君、来て案内してくれないかな。まさかこんなことになるなんて、夢にも思わなかったよ。


昨日意地を張って、さよならしなきゃよかった。



「あー、結局すべて悪いのは、あのロベルトだ!」


私からマー君を奪ったのも、自分のホテルに泥棒を囲っているのも奴なのだ。


怒りと悔しさが入り混じって、ふと涙が浮かぶ。




リーン・・・


部屋のベルが鳴った。警察が来てくれたのかしら。


ドアを開けると、そこにいたのはルカだった。


心が最低レベルに弱っているときに彼の顔を見ると、旧知の友人に会ったように頼もしく感じた。


本当は知り合って2日しか経っていないのに。


「ルカ、私・・・」


何からどう話せばいいのだろう、と、混乱しているうち、ルカは真面目な顔で、


私の鼻先に何かを突き出した。


「パスポート!」


それは濃赤の、私のパスポートだった。


体の緊張が一気に解け、へなへなとその場に座り込んだ。



「ああ・・・ どうして? どこにあったの?」


ルカは部屋に入り、ドアを後手に閉めた。


「ホテル玄関の植え込みの中に捨ててあったのさ。置き引きにも多少の良心があったみたいだな」


さっきまでの心配が一気に溶けて、私はつい涙ぐんだ。


「あなたが見つけてくれたの? ありがとう」


ルカは私の両肩に手をかけて抱き起こしてくれた。


「そう言いたいところだけど、見つけたのは、チェックアウトのお客様。


フロントに届けてくれたんだ」


「まあ!・・・ なんてラッキーなのかしら、私」


私たち二人は並んでベッドに腰掛けた。


「ロベルトと連絡がついたんで、君に知らせようとホテルに来たら、


朝っぱらから盗難に遭ったっていうじゃないか」


 あのフロントの女性から全部聞いたらしい。


「ショックだった ・・・ 盗難に遭うなんて人生初体験だもの」


「へえ、日本って安全な国なんだね」


「あのねえ、お宅のホテルには置き引きを飼っているの? その方がおかしくない?」


涙を拭いて、少し元気が出た私を見て、


ルカはやっと微笑んだ。


「うちのホテルのせいじゃないよ。


彼らはホテルの置き引きを専門に、ヨーロッパ中を行脚している窃盗団だ。


どこのホテルにでも出没するし、手口は神がかり的、決して尻尾を出すことはないよ。


君は運が悪かったんだね」


私は溜息をついた。


「パスポートが返って来ただけでも、ありがたいと思わなくてはいけないのね」


実際、日本大使館へ行って再発行の手間や手数料のことを考えると、パスポートをなくすより


お金を盗られた方がずっとましだ。


「そういうことだね。警察に届けを出すなら、俺が連れてってやるよ。


嫌なことは早くすませよう」



「それからロベルトには会えるよ。夕方、システィーナ通りのホテルのラウンジで・・・ そこにも俺が連れてってやるよ」


「ああ、ルカ、あなたって本当に役にたつ ・・・ っていうか、親切な人なのね」


救いの神が現れた! 


さっきまでの落ち込みようはどこへやら、私の心は一気に明るくなった。



私はつい、ルカに飛び付いて頬にキスした。


ルカは私にキスを返した。


「やっぱり君には、俺が必要なんだよ」


(続く)

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