《鬼神族》

秋村遊

赤鬼 梅木樹珠

小鬼時代

第1話 欲の花、梅花

 人は鈍感だ。

我ら鬼も見えず、見えた時には怯え、逃げ出す。こちらの気持ちも知らないで。

自分勝手な生き物、それが人間。人間が自分勝手できるのならば、私も自分勝手に生きても良いのでは?と思い、『欲を食らう赤き鬼』と成り下がった。

要するに、ひどく自己中心的となってしまったのである。


だけれど、人間と友達になりたい、共存したいという願いには、いつもダメだと言われてきた。


小さい頃から兄様あにじゃからも言われてきた。

樹珠じゅじゅ、人はそうゆう生き物だ、人の友達を持つなど…諦めなさい。」一番上の兄様あにじゃ巫廻麗刄ふみつばは優しく微笑み、私の頭を撫でで誤魔化す。しかしその手口、もう何度も見てきた。


「なぜですか?兄様あにじゃもまた人を好いているではありませんか。しかも、人にすらなれなかったなり損ないを主として慕っている。」

そこで、兄様あにじゃは口を噤む。

私はいつもなんで兄様あにじゃはそこで黙ってしまうのかが不思議でたまらなかった。

だからこそ、何度も「なんで」を繰り返す。


兄様あにじゃは小さな子供にはめんこいからと言い、優しく接する。だけれどその優しさの裏腹に、とてつもない冷たく邪悪で恐ろしい彼がいる。一線を越えてしまうと、怒られるだけで済む問題ではなくなる場合もある。たまに、睨まれるよりもちゃんと怒られたほうが楽だと思う時がある。


そう、鬼がみな自分を守るため備わっている性格。

それが、二面性。


樹珠じゅじゅ、あの方について二度と口を開くな。お前にあのお方について話す権利も関係すらない。」

殺気が溢れ出て私の足はすくむ、やっぱりこの話をしたあとの兄様あにじゃは怖い。それでも、私は世渡り上手。何度もこの修羅場をくくりぬけた。


  小腹が空いた。と兄様あにじゃは嘘を言う。

「なんであんな態度をとったのだろう」と、自分の部屋で自己反省会を開き言う。さっきまでは閻魔のような恐ろしい顔をしていたのに今は涙目。

それを見るのが楽しくてついつい同じことをし、怒らせる癖が芽生えてしまう…もうすでに芽は花となり咲いたのだけれど。

だけれど、最近私の「良い趣味」はもう一人の兄様あにじゃ歴歌留多れきがるた歴兄れきにい)に気付かれてしまい、その事実を歴兄れきにい兄様あにじゃに伝えてしまった。だから、最近兄様あにじゃの自己反省会の高みの見物がばれている。


「…樹珠じゅじゅ…見ているな?」と兄様あにじゃはニヤリと笑い、私は瞬時にその悪意を悟った。そこですぐに自分の部屋へと全力疾走を始める。『女の子の足をなめるな!』と思いながら走っていると、

樹珠じゅじゅ〜大人の足をなめちゃならぬぞ〜!」と、大人気ない兄様あにじゃにいつも通りに捕まってしまう。

結果、癒しの求めとしてざっくり五時間のだっこを要求される。


『いや、最悪じゃの、この展開。』と思ったことはもう何度目か…と切なく内心涙を流す。


だけれどあきらめてはならぬ、我らのようなか弱い小鬼には必ず英雄がいる。その正体とは、まさに、兄様あにじゃが常に頭を下げまくっているもう一人の兄様あにじゃだ。彼の名はそう、歴歌留多れきがるた…!(もうすでに紹介はしたけど)

歴兄れきにいの英雄の君臨の光が眩しくて、また泣いてしまった。

『やっと来てくれた…!!』と、心の底から泣き叫ぶように。


ここで、兄様あにじゃへの潰しの一言:


「…なにやっとんじゃこの変態兄が…」


そして、歴兄れきにいの軽蔑視。


『よし、助かった。』

これで一安心と思いきや、

逃げる私の足を兄様あにじゃが掴み道ずれに10時間の兄様あにじゃ軽蔑会に強制出席させられた。


あっという間に日が暮れて、晩御飯を食べていると同時に最悪な今更感が襲ってくる。


  「あっ、朝御飯全然食べていない!!」


朝御飯作成者、歴兄れきにい兄様あにじゃと私は二人で全面的に謝罪をし、もうお腹いっぱいなのに、硬くなった米を食し、私たちの一日が終わった。


この通り、人間と私たちの時間へ対する感覚は全く違うし、五感も全く違う。


・・・・・・・・・・・・


    兄様あにじゃが殺気を出すくらいに話したがらない彼の『主様ぬしさま』には、一度だけ会ったことがある。

何百年経とうが忘れない最悪で、まだ見ぬ先の世で大きな変化を与えた日だった。


その日は兄様あにじゃ主様ぬしさまの家がが津波で流されてしまったため、宿の予約まで一日、我ら家へ泊まりに来たのだ。


兄様あにじゃ主様ぬしさまの部屋の準備を私にさせようとしていた。兄様あにじゃの目が必死そうだったので、部屋の準備は私がやったほうがいいと思ったのだが、主様ぬしさまがそれを止めた。


「えぇ〜話し相手はお前みたいな男前ではなく可愛らしい女の子がいいなぁ…そしたら飽きないだろうし、ね?君も力仕事は嫌でしょう?だから、巫廻ふみが部屋準備してよ。」

と、結局兄様あにじゃが部屋の準備をせねばならなくなった。

嫌々な冷え汗をかきながら客部屋へ足を踏み入れる兄様あにじゃが少し心配になり、「本当にいいのですか?」と兄様あにじゃに確認した。


胸騒ぎがしたのだ、本当にこのままで良いのかと。


兄様あにじゃは少し希望を見つけたような目つきをしたが、兄様あにじゃ主様ぬしさまの顔を見た後ため息をついた。

「いや、僕が部屋の支度をするよ。樹珠じゅじゅは休んでいなさい。」と言われた。

やはり、何かいつも通りじゃない。


歴兄れきにいも、私を台所へ連れてこようとしたが、主様ぬしさまがいつも話をふっかけてくるので歴兄れきにいは会話に割り込まず、いつも通りに晩御飯を作り始めた。兄様あにじゃ二人とも、主様主様が来てからため息ばかりついているような気がする。


結局、私と主様ぬしさまが二人きりの状態で残った。

気難しい雰囲気。

兄様あにじゃが話したがらない、いわゆる曰く付きの生者。

私の知識によれば、元有名な人食いで、なり損ないの人間。

どうしよう、何を話そうか。そう思っていた時に、主様ぬしさまの口が開いた。


そして優しい声で「樹珠じゅじゅちゃんは誰かと契約しているのかい?」


契約?なんだそれは?


「…い、いえ…?」と、慎重深く警戒心高めで答えた。

その警戒心が筒抜けだったのか、主様ぬしさまは笑った。

「ははは、やだなぁ樹珠じゅじゅちゃん。そんなに怯えなくていいよ?あ、もしかして巫廻ふみのやつになんか吹き込まれた?信じてはいけないよ、あいつは過保護すぎるんだ。そもそも俺にゃ幼女幼男の趣味はないから、そこのところは安心していいよ」とへらへらしながら言う。


思ったよりも兄様あにじゃ主様ぬしさまは若い人だった。兄様あにじゃと同じ長い黒髪で、仕草は優雅で綺麗だ。いい匂いもするし、彼の体温は触らなければわからないけれど、きっとお日様の光のような暖かさだろう。

本名も呼び名も知らないから主様ぬしさま

こんなに優しそうな人が星と砂の数の人を殺し、食っていた?ありえない、書物に何か間違えがあるんだ。そう心が言う。


「そもそも、契約とはなんなのですか?」と私は聞く。


その質問を聞いた後、主様ぬしさまは目を丸くした。そうか、とつぶやいた。

「うーん…そうだねぇー…いや…ん?あ、そうか、そうだな。」

主様は一人で悩んで、小鬼の疑問を簡単に説明しようと考え込んだ。


「まぁ、まとめて言ってしまえば、お仕事だよ。巫廻麗刄ふみつば…いや、君のお兄ちゃんが俺の所で働いている代わりに、働いた分の給料…お金をあげているのだよ。あー、やっぱり君にゃちょっと説明するには難しいかな?」と笑った。


その後は茶を啜り「あ。茶柱立ってる」と茶柱を観察しながら微笑んでいた。

契約とはなんだろう。主様ぬしさまの言う『お仕事と給料』

それは理解できる、完璧に。

けれど、それ以外にも何かあるきがする。もっと重要なことが。これは鬼としての勘ではなく、確信に近かった。


「…契約とは本当はなんなのですか?主様ぬしさま…いや、人のなり損ないよ。」

と、喧嘩をふっかけた。人間のなりそこないなんかに、怯えてたまるかという気持ちで挑んだつもりだった。兄様あにじゃが異様に優しかったのは元からだろう、けれどその性格はきっとこの人から受け継いだものだろうと思った。だから兄様あにじゃと似たような喧嘩終いだろうとおもっていた。


でも、私は兄様あにじゃに裏と表の激しさという重要点を完璧に忘れていた。自分の身が、小鬼だから甘く見てもらえると油断していた。


その考え方が、すでに子供より幼稚だとは知らずに。


      「ははは…」


一瞬、狂気を感じた。「何がおかしい」と私が言う、自分ですぐに気がついた。私の声も体が震えている。


         彼、主様ぬしさまの顔を直視できない。

          怖いと、心が、脳が叫び散らす。

      その心の声もうざったい。けれど共感するしかなかった。

        長い一瞬、感じた狂気は目の当たりにした。



        もう引き返せないということが嫌でもわかった。






              だれかたすけて




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