第5話 自己嫌悪
そして私は、『注意』しつつ、生きていった。
食料(人間)に関しては、私の生まれ持った小さな体に感謝をするべきといつも思う。
「うええぇあああぁん…おか、おかあさぁん、うぁああん」という感じで、『森の近くまで母親と散歩をしにいったが、途中逸れて迷子と化した』と言い訳を言いどこかの人間が引っかかってくれる。
「大丈夫か?どうしたんだい?」と人間が心配そうに言う。
「おかぁさんがいないよぉ、うわぁぁあああぁあん」と泣く、だけれどその涙は嘲笑いの涙だ。
『これだから人間は…』と本能が笑う。
自分の顔がにやけてくるのを阻止するのが必死で、結果両手で顔を隠さないとバレるぐらい吹き笑いしそうだった。
「よし、おいちゃんが一緒にお母さんを探してあげよう。何か特徴あるかい?」
親切な痩せた白毛が特徴的な中年の男が言った。母親の特徴か…と内心悩む。いつもならそんな質問をされない。
「とくちょう?」と子供っぽく聞き返す、出来るだけ鬼だとバレないように。
「あぁ、そうか。んー…そうだね、探している時に君お母さんだってすぐ気づくことかな?例えば髪の毛が短いとか」ほう、意外と分かりやすく教えてくれるのだなこの男。優しい上に教え方が上手。正直言って生きていてほしい類の人間だが、一度会話してしまったら引き下がれない。
私だとて、空腹なのだ。
「うーん…あ、紅色の着物を着てるの!」と適当を言う。
「真っ赤な、血の色!」と元気よく。
人間の顔が一瞬歪んだのが見えた。引いたか?引いただろうな。こんな小さな女の子が何の疑いもなく「血の色」と言ったのだ。少し恐れることは自然だ、人間としては。
一緒に探してくれるというと、そのまま人気の少ないところへーー心が歌う。
「とうりゃんせ とうりゃんせ。
ここはどこの 細道じゃー。」
この度の餌食の手を握りながら歌う。
私の頭を掴めるほどの大きな手から汗が流れた。
あぁ、こいつもう限界だ。このまま存在すらしない母親を探し続けたら怪しまれる。
「ねぇ、君のお母さんもう先におうちに帰ったんじゃないかい?」と少し震えながら言った。
「お母さん?何の話だい?」とにやけた。『もう、本能に任せよう』と身を委ねた。
「もしかして、ずっっと信じていたの?これだから人間は。優しすぎる事は良き事でもあり、悪いことでもある。厄介なことに巻き込まれたねーおいちゃん?」と嘲笑う。
「人と生きる」とわたしはいった。それは明白であり、事実だ。嘘の撤回はしていない。
けれども、これもまた「人と生きる」ということなのだ。なぜ?
それは、人もまた騙し、食って生きている生き物だからだ。
「え、ちょ、ま、」と中年が動揺する。それと同時に固まった、「ゆ、許してくれ、仏様、お願いします。見逃してください」と叫ばれる。うるさいな、と思った突如なんの音もしなかった。
爪が骨のない肉を切る感触、最初は血さえ出てこないが、ゆっくりとぼとりと音を出す。
そして広まる小さな池のように。
あぁあ、せっかくの着物が汚れた。どうしようか、母親が事故にあって血を浴びたとでも言うか?いや、それは却下だな。そうしたらこの村を出て行くしかない、私を知らない新しい村へ。
けれど、ここも結構長居した。
そろそろ「あの子が来てから人が消えて行く」といわれる頃だ、すでに怪しんでいると思われてもおかしくはない。
「さて、この死体のどこを食おう」と思った突如、背中が焼けた。
高い悲鳴、自分のものだ。いたい、いたい、いたい、いたい。
燃える、焼け付く、熱いと思えないくらいに苦しい。
「一芝居するのも結構つらいな。」と中年が起き上がる
なぜだ?なぜ生きていると問いたくても痛くて仕方がなかった。一番嫌な思い辺りがふと浮かんだ。「
「
「なんでやられているの?私がそこを代わってやろうか?」
ともう一人の自分がいう。「だめだ。もうあの扉は開かない」と苦しみ紛れに叫ぶ。
「へぇ、でもそのままでは死んでしまうよ?私はそれで嫌だし、あなたも嫌でしょ?それに今は空腹。私がお腹を満たしてあげる。あなたの欲を満たしてあげる」
赤
赤が見える。
見たくない、けれど嫌な感触はしない。逆に何か満たされたような、そんな感じがした。
朝目が冷めると、桃色の可愛らしい着物は昨日よりもっと血まみれになって、少々小さくなっていた。
このままではまずいなと思ったので、事故にあった時の人間を演じようと表に出た瞬間、絶望した。村が真っ赤になっていた。人が見える、血まみれの、怪我だらけの。
また、沼に溺れたのだ私は。
もう一度、自分を無数の自分を殺した。
・・・・・・・・・・・・・・
村の周辺を裸足で歩く。道の小石が少々痛かったが、こんな痛みはあの人と比べたらなんの痛みもしなかった。生きている人間を探している、それはそれで自殺行為だが自分がどのくらい食べたのかを確認したかった。なぜか、それは自分の狂気がどのくらいの危険度なのかを知っておきたかったからだ。
「おぎゃぁ!あぁ!」と赤ん坊の泣き声がする。あぁ、良かったと心がため息をつく。
壁に穴が空いた家に入り込み、小さな人の子を抱き上げる。
「この子の親は、私が食べたのか」と再び自己嫌悪をする、今そうしてももう遅いと言うのに。
けれど頭を撫でられた、小さな赤ん坊の手で。励まされた、無邪気な赤ん坊の笑顔で。
抱きしめない選択肢はなかった。そして赤ん坊を見上げた、その小さな命ははもう息をしていなかった。
「きっとこのままでは寒いだろう」と赤ん坊に毛布を包んだ。
私はずっと泣いていた、「お前は偉いな、私より全然泣いていない」
私はほかの村人達の墓を作った。殺すつもりも、食う予定すら考えていなかった人達の墓を。
一人を犠牲にしようとした、それが一人ではなく星の数に渡った。
そして、私は村を離れた。少し大きめの着物を着こなして、私は歩く。
「新しい場所を探さねばならないな…ではな、励ましてくれてありがとう」赤ん坊の冷めきった頬を撫でる。
「君がもっと大人だったら、友達になりたかった」ともう一度毛布を包み優しく置いた。
半月が綺麗に空に描かれていた。
破壊された村を泣きながら離れた、拭いても拭いても流れてくる涙はやがて私の目を苦しめた。
背中を向けていたせいか、泣いていたせいか、私は気づかなかった。
小さな少年が小屋の中で私を覗き見していたことを。
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