第15話 昔話
私が
私たちは、野兎を狩る狼として例えられ、人間に鬼の良い印象は存在しなかった。
青い空を窓から眺めて、自分の呼吸の音を聞いていることは極めて平和的で、今どこかで誰かが生まれ死んでゆくことが現実だと受け入れることさえもこの二つの目には断定できない。
「お姉ちゃん大丈夫?」と小さい方の人の子が私に問う。
「あぁ、大丈夫だよ。」力を抜きつつ手を伸ばした。リンゴのような赤く柔らかい頬に触れるのには何の苦労もなく、ただ単に手を伸ばしただけであった。くすぐったいのか、それとも照れているのかわからない笑い声に私も笑顔になってしまう。
母上も私がこのような小き者のように、子鬼の時、愛しいと思ってくれたのであろうか。優しく頬を撫でてくれたのであろうか。雛のような柔らかい毛を撫でながら
時間は遅く感じても早く感じても生き物それぞれ価値観が違う。だが、時間に関して全て同じことは一つある。それは、過去を思い出し「懐かしい」と思う時が成長の一歩を作り出されるということ。人間の世界へ降り立ってから懐かしいと思う暇もありもせず、ただ生きるために必死で、自分が何のために存在しているのかを証明することで一生懸命になっていた。鬼は「哀れみ譲る」化身であり、人間の写し鏡である幽霊。懐かしいと何かを思い成長をするのも人間と同じだとは面白い発見だと思った。
「なんで笑っているの?」と大きい方の人の子が私に問う。
「懐かしんでいるだけだよ、昔の自分を。」
「昔の自分?聞かせてよ。」
「聞かせて」と小さい方も兄に続く。
「そうだね…どうしようか。教えようか、教えまいか…」と少し子供達を
「何が聞きたいの?」と聞いたらすぐに「昔のお姉ちゃん。」と真顔で返してくるこの人の子の曲げない精神力に最後は私の方が折れて、「ではまず私のお父さんとお母さんについて話そうか。」
「えー、お姉ちゃんのことじゃないじゃん。」
「其れでも、面白い話だよ。少しでいいからお姉さんのいうこと聞いてみたら?」
「わかった。」
膨れた頬を撫でて両方の人の子を膝に乗せ私は語った。
殺戮の鬼神、
・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは兄二人から聞いた父の人生話だ。
父は頑固で、負け知らずで、友人などいらぬとばかり言ってそれ故に人気とは程遠い。いわゆる札付きのような存在だった。元々彼の存在価値というものはそれほど高いものではなく、いなくてもよし、いてもどうでもいい存在であった。だが、危なっかしいことが理由なのか、彼を放っておかない人が二人存在していた。
父は「奴らは友人なんぞじゃぁない。ただのお人好しだ。」と彼らを私の前では否定はしたが、其れでも付いてくる『友人』を嫌ったり、追い出したりする素振りは彼らの前では見せなかった。彼らもまた父と同じく存在は民衆にとって無に等しいもので、外見からして悪人のような顔付だが性格はどの街よりも男らしい者達であった。
その二人の名を「
父の感情暴走は厄介な物で、病気ではなく、酒に弱いため酔いで正気を保たなくなるものだったらしい。父は元々力は強かったから喧嘩には負けないと悪い評判が数々あった。が、それは民衆からしてさほど大げさなものではなく「酔いだから仕方ない」と片付けられていた。酔いがまわるとひどく喧嘩腰になりはて、最後には友人二人から絞められ飲み屋の店主から出入り禁止をされる。父の若い頃の話は、母上も兄二人も笑って父を揶揄っていた。
その集落に訪れた金持ちであり、権力も誇り高い一族がやってきた。
『最強兵を作るため、強い男達をかき集めるために来た。そのためなら、たとえ悪人だろうが、札付きだろうがかまわない。だが、この試験は簡単な物ではない、我々も試験者を見込んだ上で本気で叩き潰しに行く。試験に参加するものたちに不合格となった者は死ぬ可能性もある。合格者には我々と共に連れて帰り、人生のすべてを保障しよう。だが覚悟を決めて試験に訪れてくれ。』
と言い、真の覚悟を知らない男たちは次々に亡くなっていったが、父と友人二人は見事合格し、『最強の兵士』として戦に行った度に出世をしていった。
存在価値が無に等しい集落出身の『殺戮者』は、彼が支えた一族を「唯一無二」にした。一族の
自分が支えている一族の意思などどうでもいいと思っていた父は、なんの心境的な抵抗もなく、義務をこなした。濡れ衣を着せれられた一族はひどい仕打ちを受け、最後には先方の一族の
それを知った父は、自分がどれほど酷いことをしたのかという罪悪感から耐えきれなくなり記憶を飛ばそうと思い朝まで飲み明かした。酒に弱いため、酔った時よく現れる喧嘩腰はなぜか現れなくなり、酒に強くなってしまったと泣いていた父に背中をさすっていた女がいた。眠気に襲われ記憶が消え、次の日の二日酔いに父の
父の二つ名の『殺戮』が現れたのはこの頃だったという。
父は義務をこなしていく度に飲み明かし、正体不明の女は何度も泣く父の背中をさすった。ほぼ毎晩酒を飲み始めるようになった父は、ほぼ毎晩自分の犯した酷い罪に押しつぶされ泣いた。
「大丈夫だよ」とでも語りかけてくるような優しい手は父を何度も立ち直らせた。
酒を飲みすぎた父はある日、倒れ込んでしまい、
「あいつは役に立たん、兵に入った時はまだしも無感情に人を殺められるような男だったのに。今はなんだ?人を殺め我ら一族の成功の一歩を作っているだけなのに毎晩飲んで毎晩泣く恥さらしではないか。」と陰で酷く言われた。
「もう使えないな、
冷徹で、恐ろしい一言はすぐさま父の友人二人に伝わった。
そして、巨大な怒りが二人に憑依した。「使えないのはこの
言葉も必要ない、意思疎通は長年の三人による殴り合いの喧嘩によるものに作られていたことを
「この一族の恥さらしは父上、あなたです。前は、一生懸命に一族の復興を願い、
「いいですか、こんな使えない阿呆当主はこうやってしまっていいのですよ。」と、彼女は自分の父親の顔を殴り、倒れた
新兵たちは何事かと思ったが、
私の父の処分は
「そんなの嫌です。あなたは力強いし、弱き人の気持ちを思い泣く人だ。だから、あなたが新しき当主になるべきなのです。」
「だけれど、私は臆病者で泣き虫だ。精神も弱く、体も弱くなり杖なしでは歩けない足になってしまった。私はこの兵隊から去るべきだ。」
「私はあなたの涙に惚れたのです、嫌になる程努力して体の健康を取り戻して、酒に酔って私に背中をさすらせてください。それではだめですか?」
直球な言葉に父と
「は?」と口を開けた。
「どうですか、返事は。」真面目な目をして、小生意気な女はやがて父を笑わせた。
わかったとしか、言えないほど父は大馬鹿者であったらしい。
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