第14話 淡い青い空の下
「ごめんな、お梅」
咄嗟にそんな言葉が口から出ていた。声も震え、久々に涙を流した。
私は飲み込まれそうだった、自分が望まない結末を招いてくる自分に、そして今まで犯してきた罪という業に。醜いものを美しく飾るためには、自分もまた醜い姿で美しく微笑むことが必然であった。お梅は何を思いながら、どうして村長を殺し、鬼としての目覚めが不安定な状態で発覚したのか、なぜあの時また「私」は手を差し伸べ、そのことがくだらないと思っていたのでだろうか。
「あなたは私
私はあなた。」
その言葉は何よりもわかりやすく簡単で、悩みという黒い霧を誘き寄せることを阻止することも困難でははない。横になり謎しか生み出せない残念な頭の回転しかできない私にとって夢の中の世界は現実よりも残酷であった。
一度聞いたことがある、ここではない遠く別な場所では我々『鬼』の字は幽霊という意味であることを。確かに、と『幽霊』の私は笑うが、同時に悲しくもあった。
否定しようがないからである。
人を殺すも生かすも、鬼の我らが道標を施してゆくからだ。我々鬼は人間に手を差し伸べる、だけれどその手を掴むかどうかは我々が決めることではない。鬼を恐ろしく凶悪なものに仕立て上げるという判断を下したのも鬼の我々ではない、人間の判断である。判断を下したのは人間だが、我々は判断をするために材料と情報、知識を欲するか否かの判決をする権利さえ与えた。
決めたのは人間である。その分、我々鬼は人間という生き物の亡霊なのかもしれない。何一つ自分で決めることさえできない意思を持った「譲り」という愚かな生き物。
憐れみ、何かの判断を下すために人間に物、状況を与えるしかできない我ら
許せなかったのであろう、父上は。
だからこそ、殺戮の名を父上は背負った。
加虐という醜くい名を兄様は背負った。
名も定まらない歴史を食べることを歴兄は決めた。
私は何を背負うべきなのか。
たくさんの自分を殺したあの日、私はよりよく人に惹かれてしまった。
自分のためなら人を欺いても構わない。
自分のためなら人を助けても構わない。
自分のためなら人を愛しても構わない。
自分のためなら人を嫌っても構わない。
自分のためなら人を殺しても構わない。
自分のためなら自分は鬼にも変われる。
その身勝手な欲が、我ら人間を見つけてくれた、私たちのために私たちは自分を見つけ出した。
それがどれほど残酷で、美しいことなのかを知ることは『人間』にとっては到底不可能なのであろう。鬼が人間より上?その思い込みが他の証拠よりも欲深い自分勝手なのかを明らかにする。人間は鬼よりも清らかでか弱いだと?笑わせる。我ら鬼はずっと君ら『鬼』に怯えてきた。だからこそ徹底的に鬼は人間より上であり、強いと思い込み格好つけていた。
最強と称えられてきた人食いでさえ今では人間に屈してしまったちっぽけな一人の人間に忠誠を誓った人ならぬ者だ。何かを嫌うということは、その何かを恐れていること、その何かが自分では不可能だったことを自由にやっていること。
「醜いものは美しい
醜いものは美しい」
その言葉は不可能だと、ありえないとも罵られる。だけれど今思えば人類の始まりの頃から人間一人一人分かち合うなんて不可能であるのだ。運命は存在しない、偶然も存在しない、全ては運命と呼ばれた人間が作り出した都合のいい「必然」という言葉である。自分の選択肢で出来上がる必然は、運命と勘違いされるだけだ。
もしかしたら、お梅は完全な鬼である私に嫉妬をしていたのであろうか。
不完全な彼女には必要な苦しみを感じなくても済む私を、憎んでいたのだろうか。
だからこそ、自分が勧めた選択肢に賭けをしてしまった。彼女の賭けは負け、鬼に屈してしまった。鬼との賭けに負けた対価は何なのか、それは人類の最大の謎でもある。幽霊に屈してしまった人間は、そのままどうなるのか。それは人類の恐怖であり好奇心をそそる材料とも言える。好奇心を湧いてしまったらもうすでに遅し、我々もう一類の人間は『人間』の賭けに乗るしかない。たとえ、彼らが望まぬ結果だとしても、我々が望まぬ結果だとしても、対価は払わなくてはいけない。
それは手足でもあり、耳や髪の毛、目玉なのかもしれない。下手をしたら心臓だって抉り取られる危険な賭け。私たち『幽霊』は関わってはいけない、もう一類の幽霊に。
お梅は何を思いながら村長を殺し、食ったのであろう。
何を思いながら私を刺したのであろう。
何を思いながらおとなしくあの男に殺されたのであろう。
何を思いながら私の嘘の皮になったのであろう。
何を思いながらこの13年間私を家族として向かい入れてくれたのであろう。
窓から風が河の水がゆっくり流れるように私の涙を拭いた。今から思うと、私はこの世で世界一の泣き虫の鬼なのかもしれない。鬼の業とも言える賭けを、幽霊の取り憑きを、人間の選択肢を、私は怯えて逃げてきた。私だとて、人の道を歩んできた人間、唯名前を「鬼」と変えただけ
美しいこの世は残酷で醜くて、だけれど異界とはまた違う美しさがあり危なっかしい。いつも私たちに頼って、そして頼った最後には怯えて逃げて怒って恨んで。何も悪くないといえば嘘になるこの世界での私の行いは全て「鬼」という名の項目で遂行してきた。それゆえ、清々するほどの青空を見てしまったら泣いて笑うしかないなと息をした。
この世界を抱きしめて、私は眠りにつき、落ち着いた速度で心臓音を鳴らし、体の怯みを楽にして空だって飛べそうだと勘違いをしてしまいそうになる。無邪気な心に誘われて満面な
白い百合が咲いたと思えば白い梅の木もあって、どこも真っ白で、何か別の色を見つけたと思えば、私は落ちてゆく、桃色の夢に陥ってゆく。
その朝私は空に咲いた梅の木となった、幽霊でも鬼でも人間でもない。ただ美しい梅の木。
そうなれたらいいのにな。
喜びの声が聞こえると思えば、泣いている声も聞こえてくる、
衰弱してしまった場所での笑い声。
裕福に育って行く場所での泣き声。
真逆の場所であれ、手をつなぎ笑いあれば憎めるものさえ消えてしまうのではないか?見知らぬ文字に書かれている神の本とやらにでも、敵を愛せともいう。どこをどうしたら私はヒトになれるのであろうか。そなたらが言う「天の国」へ、私は手を伸ばしたい。だけれど私はこの場所で鎖をつけられた、私が賭けたこの命の戦の対価を。
醜い名前を飾りなさい。人間も飾るのだろうか、自分の業を、消せない過ちを。
幽霊も飾っているのであろうな、後悔している愚行を。
こんな美しい世に私は生まれ落ちた、欲深いこの心で。
ただ気付きたくなかっただけ、人間に嫉妬していることを、幽霊にも嫉妬して、そんな心を持ってしまったゆえに現実を認めたくなかった。罪を償うことは一生かけてすることである。
ヒトは一生死なない。
なぜなら死んだ証拠が一生なのだから。
だから、私たちは死ねない。この罪を償うことが一生の行いなのだから。
罪を償うこと、それは鬼の業、人間の業、幽霊の業。一生かけてやることである。
何も知らない第三者が軽い気持ちで断ち切ってはいけない。
「君の名前は何んだい?」
誰かの声が聞こえる、正確には天の世界に住む神々たち。
「私は欲が深い。」
「へぇ、そう。」
「じゃあ君は欲深い鬼の神、欲の鬼神だね?」
「そうですね」
軽い回答に私は悔いなどしなかった。私はこの忌み名を愛そう、そしてただの髪飾りのように扱ってこの名前が私のことを飽きるほど振り回してやろう。誰も私の思いを抑えられない、確かに私の名前は私のためにある。他に存在などできないこの欲の多さを私は賭けをしよう、私の一生が対価となるなら、「私」は笑うだろう。
馬鹿な女に育ったなと、笑ってくれるだろう。
それでも、私は自分に幸せを感じる。この鬼名が怖いだけだった自分自身に私はようやく笑える。今の私を過去にする、それはとても簡単で軽いことであった。今までなんども自分を過去にしてきたのに、私はこれからのことばかりを考えていた。
私は鬼だろう?
幽霊だろう?
人間だろう?
息が止まっても、私は歩き続ける。色が淡く、綺麗なこの世の世界で色が定まるまで、この目で。
綺麗な淡い青空の色、青は本当に青なのか。
真っ赤な夕焼け色の頬が愛しくて、可愛らしくて。
腹に巻きつかれた布の赤は少し嫌な茶色に変わってしまったが、それでもこの傷がお梅の笑顔を思い出させてくれるであろう。
小さく呼吸をするこの世界では、私でさえため息をしてしまう。
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