第8話 人の子鬼の子{前編}

 あの殺気立った視線から2日が経った。


私はその間ずっとお世話になった村人の娘の部屋で過ごさせてもらっていた。


「確か、名前まだ聞いていなかったな」と思い出す。

ずっと名前を呼ばずに過ごしてきた二日間、本当だったらすぐに出て行くつもりがあの家が心地よくて居座ってしまった。


「あの…おはようございます。えっと、娘さんはどちらにいますか?」と、村人の娘の母親に聞いた。

「あぁ、おはよう。あの子は今裏庭にいるよ。」忙しそうにお会計の値段を確かめた彼女は笑顔で教えてくれた。良い母親だ、朝からこんなに繁盛しているけれど実際私などにお金を使う余裕も時間もないはずなのに。

「ありがとうございます」様々な感謝を詰めた返事をした。そうしたら、気分が良くなった。

人間の言葉の縛りは素晴らしいものだ、感情までに影響する。


爽やかな気分を心の箱の中に詰めこんだ後、私は裏庭へと足を踏み込んだ。

裏庭といってもそんな大きな場所ではない。どうやら娘の父親の趣味でいろんな茶葉や植物を育てていたらしい。面白い方だったと聞いているが残念ながら三年前に他界したらしい。


昨日の夜寝る前に言っていた。


「いつもは厳しい父だったけれど、自分の趣味に没頭する時はいつも私と友達のように接してくれた。」涙を流していた。本当に大好きだったのだな、私の父は鬼神族の族主だから生まれた後も一切父親の記憶はない。母親はいつも部屋の中で篭りきりだった、生まれた直後に強制的に突き放された。病気だと聞いていたが、そのほかにもいろんな事情があると思われる。



ついた裏庭では、あの娘がにこやかに植物に水やりをしていた。

彼女の父が死んでから彼女が水やりをすることが決まっていたらしい、彼女は「これを職業にしたい」と言っていた。それほど、彼女の父が残した裏庭を愛しているのだろう。


「おはようございます」と挨拶を交わす。

「あ、おはようございます!さっき起きたばかりですか?」元気よく返事が返された。

「えっと、昨日は名前を聞きそびれたので…その、名前を教えてくださいますか?」遠慮がちに聞く。

「あぁ、私は『梅』と申します。七瀬梅ななせうめ。村の人たちはお梅と呼んでくれていますが、梅と普通に呼び捨てでも構いません。なんだか、新しい女兄弟が出来たような感覚でして」と笑いながら教えてくれた。

「梅か…綺麗な名前。」心を弾まさせた。


「そういえば、あなたのお名前もまだ聞いてませんでした」何か大事なことを思い出すような仕草をし、微笑む。別に私の名前など知らなくてもいいのに。


梅木樹珠うめきじゅじゅ…」とボソリと返した。

「え、あ、すみません聞こえませんでした。」焦りながら近寄った。

梅木樹珠うめきじゅじゅ。それが私の名前」大きめに答えた。自己紹介がこんなに恥ずかしいものだとは思わなかった。

家では誰でも私の名前を知っているから、自分から名乗り出るということは始めてた。

私の名前を聞いて、彼女は驚いた。


梅木樹珠うめきじゅじゅ様…ですか?」


え?様?


「そうですよね!申し訳ございません、今までずっと普通の人間として扱ってしまって!もっと最初に気付くべきでした…」と彼女は慌てた。

「え、ちょっと待て、梅、君は私が何なのか知っているのか?」私も慌てた。人間ではないのか?

「もちろん知っています!私の父はあなた様の兄にお世話になっている身ですので。えっと、月水兎げすうとという鬼が私の父です。人界では死んでいる設定でして…」


月水兎げすうと、知らないわけない。


月水兎げすうとは私の兄の式鬼だ、もしかして君は半鬼なのか?」興味津々で聞いた。半鬼は確か鬼と人の子供であり、特殊な力を持っているとされている。

歴歌留多れきがるた様でございますよね?はい、私の母親は人で父は鬼ですので結果的にいえば私は半鬼です。」綺麗に言葉をまとめた彼女の目には輝きが止まらない。


「梅?!何を話しているんだい?!」と梅の母親が来た。多分父親が鬼であることを隠していたのだろう。

「お母さん、違うの。このお方は歴歌留多れきがるた様の妹様、梅木樹珠うめきじゅじゅ様なのです!」

「え…?暦歌留多れきがるた様の、妹様…?」ありえない物を見たような目は口をぽっかりと開けさせていた。


私はただ、信じられなかった。

奇跡だと。



「…もしよろしければ、このまま私をここにおいてくださいますか?」

私は可能性を感じた。

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