第7話 人間体化

人間の気配など、空気を吸って吐いていることを確認しているようにわかりやすい。

この気の弱さは衰えている大人か、小さな子供。


確認しようにも後ろを振り返ればうまく隠れられてしまう。

一度本格的に探して見たが、森の中だと、動物がたくさんいるので流石に気を全て読み取れなかった。


「やはり衰えている大人はないな、多分小さな人の子だろう。だけれどなぜ私を追うのだろう?」と不思議に思いながら新しい村へと足を運んだ。

色々と新しい服や住むところを作らなければならない、その為に使う金は十分すぎるほど持っていた。一つの村へ止まったら、人の子も又村人の間で少々噂話になるだろう。


「後からついて着た子供はどこで住むのだろう」と、

「娘は意外に綺麗だからどこかの店の手伝いはできるだろうが、こっちはどうしよう」と。


その内人の子の住むところを議論しあって結論に至るだろう。その時そこの住所を盗み聞きすればいい話だ。

私は、それまで住人たちの言う通りにしよう。どこかの店の手伝いか…ここはそんな繁盛している村ではないから、どこかのうどん屋か小店の看板娘ぐらいならできるだろう。


そう考えているうちに、地獄の釜の音が開いたような気がした。


『ぐぅ…』


お腹が鳴った

これ以上何か『食』したら、反吐が出そうな気分。

それに、この前の村での食は一週間前だ、こんなに早く腹が減るとは異常だ。


村人がこちらを見てにっこりと笑う。

「お腹が空いたのかい?確か、事故にあったのだったな」と親切に、そして哀れむように言う。

「は、はい…二週間こちらに着くまでずっと草を食べているような時間でしたので。」と私は泣く。

「ここの村が見えた時には奇跡だと思いました。」両手で顔を隠した。


私だとて、演技が上手いわけではない。一度泣かねばならない場面で失敗し、怪しまれたこともある。

そういう状況下になると、すぐに食べたが。

あまり心地のいい空気ではなかった。


だけれど、今回も私は驚いた。

私は本当に泣いていたのだ。村人の娘が背中をさすってくれているまで気づかなかった。

しゃっくりをあげ、呼吸するのも難しく、涙がとまらない。

村人の娘は心配そうにしながら

「深呼吸をしましょう」と言った。


深呼吸?どうするのだそれは。

呼吸しずらいせいか、咳までし始めた。


「どうやってやるの?」と苦しみながら聞いたら、村人の娘は驚いた。

多分、深呼吸を知らない人間に会うのは生まれて初めてなのだろう。


「えっと、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと息を吐くの。」と、汗をかき慌てていた。

説明しずらいことなのだろうなと思った。人間がなぜ呼吸をするのかを説明しろという感覚なのか?


ゆっくりと息を吸い、

ゆっくりと息を吐く。


その謎の行為は多分人間しかしないことなのだろう。

鬼は傲慢で、誇り高い。慌てることも、これだけ泣くこともまたないだろう。その上私は鬼神族の中でも最も高貴なる血を引き継いでいる。本当だったらこんな経験とは無縁だ。


人界でいた時間を振り返ってみると、100年以上だ。

自分自身の体も感情もまた、人界に適するようにと作り変えられているのかもしれない。

気づけば、さっきまで心も体も異常事態だったのに、今は落ち着いている。

もしかしたらいつか、本物の人間になれるかもしれない。と、自分を嘲笑う。


「本当に、人間になっちゃえばいいのに」と心の中で言った。

誰も聞こえない心の中だと、妙に落ち着く。


「大丈夫になりましたか?」村の女が心配そうに話しかけてきた。

「あぁ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」と感謝する。

「よかった…急に泣き出したので、びっくりしました。本当に辛い目にあったのですね」娘がホッとする。

「大丈夫かい?泣き声がしたんだが」と、お粥を持った村人が帰ってきた。

「娘さんのおかげで大丈夫です。」ニッコリと微笑んだ。


今思うと、食事以外での人間との会話は始めてだ。

食事以外はずっと人間の日常や会話を盗み聞きしていただけだったからだ。


だけれども、これはこれでとても楽しい。

なぜ、もっと前に人間と積極的に触れ合わなかったのだろう。

私は何気ない会話を続けた。


「なぜ」という疑問系で心の中に響く後悔は、とてつもなく暖かかった。



何か、忘れているような。

また小さな気配が、外から感じられた。



何もなかったと思われる気配と視線に、憎しみが揺らいだ。



    

  「なんで、お前が笑顔なんだ」

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