青年鬼時代

第10話 青百合の花

七瀬家に居座り、13年が経った。


ここでの生活は慣れたというよりも、自然と身に馴染んだと言っても過言ではない。

この村、月鬼村げっきむらの空気か匂いは7年前初めてここに来た私の心を落ち着かせた。月水兎げすうとは『月鬼神げっきしん』という一種の守り神として祀られていて、毎年感謝の儀式が行われた。どこをどうしたら人間が鬼へ借りができたのか今でもさっぱりだ。


「村長に月鬼村げっきむらの歴史を聞くべきだったな」と、深くため息を吐く。

13年まえの村長はすでに90代を超えていた長老だった。心の中、この人間はもう時期死ぬだろうなと思っていたが、つい先日までいきていたことに対し私は驚きを隠せなかった。


村長が亡くなり、村の人たちはみんな泣いていた。もちろんだ、悲しくならない理由はどこもない。

90を通り越し、百代までいったことに対し普通ならば『歳が老い、亡くなった』と考えるだろう。確かに、それが自然だとみんなは頷くが、村長の死はそう簡単な『自然な死』とは断じてない。


 村長は『生きる力を封じられて亡くなった』のだ。


普通の人間ならば封忌の匂いはわからないだろう、だけれどあの封印は鬼の私にとって死臭より堪え難い酷い匂いだった。むしろ、「なぜ皆は何も気づかない」と吐き気が背中を凍りつかせた。

梅は我慢ができず、その場で吐いてしまった。

村長の『安らかな眠り』を平然に見つめる人間たちを私は人間としてみられなかった。その場の人間全員、私にとってはただの化け物にしか見えなかったのだ。

その晩、私は怯えながら布団の中に潜った。

安らかな眠りは、結果取れなかった。


静かな川の前で晴天の青空を見上げ、ため息をついた。

昨日も、一昨日も、村長が死んだ日から一睡も取れていない。目も痛いくらいだ、あぁ、また泣いていたのかな。自分の感情をそのまま脳へ白黒つけられなくなった。すべて、曖昧になったのだ。


「人間も感情が曖昧なのかしら」と胸を手で締め付ける。

「うん、そうだよ。」梅は頷いた。


「人間の感情は曖昧。言葉もまた、すごく曖昧なんだよ。人間でも鬼でもない半端な半鬼の私が言っていいことじゃないけど」

「いや、梅は人間でもあるし、鬼でもある。自分に自信を持って、あなたは両方の強い力を持ってるのだから」

「そうかな…うん、そうだね、梅木樹珠うめきじゅじゅ様の言うことは間違いないですよね!」強い笑顔。だけれど、寂しそうな目。私はただ梅を抱きしめることしかできなかった。

「大丈夫。たとえ、誰が敵であろうと私はあなたを守るから。」こんな捨て台詞しか言えない私は、自分に言葉の鎖を首につけた。

梅は空を見上げ、「うん」と頷いた。


その一言は、きっと彼女にとっては大きな選択肢だったと思う。




  「あなたは私を守るんだよね?」



あつい


いたい


こわい


つらい



     「忘れてよ」


    「私との時間を」



血があふれるのを見た。誰の血だ?

あぁ、自分のだ。吐き気がする、気が狂いそうだ。


「梅?なんで?」声が震えている、自分のだ。

「全部人間のせいだよ。なんで?なんで?私が半鬼だから、あの偉大なる月鬼神げっきしん様の子供だから、強いと思っているの?弱いよ、最弱だよ。わからせてやる。私を甘く見たからだ、自業自得だ。」


    「食ってやる」


梅の声はしっかりと、殺意のある言葉だった。


梅木樹珠うめきじゅじゅ様、あなたの命はどれくらいのお値段があるのですか?あぁ、ごめんなさい。高貴なる鬼神族きじんぞくの長女なのですから、高いお値段のはずですよね。私は貧乏な暮らしをしてきたので、あなたの命を買えるほどお金を持っていないのです。この、札を買えるお金ならありますが。」上級鬼の封印札をひらりと見せた。


「やめろ。」背中が震える。

あの札からいやな臭いがする、死臭より堪え難い。

村長の屍体から臭った封印の術よりもはるかに臭い、いやな臭い。

よく見ると、札には血が付いていた。『あぁ、村長に使われたものだ』と悟る。


「退治屋のお方、一枚しかくれなかったのです。意地悪ですよね、私が半分鬼だからといって有り金すべて持って行かれて、一枚ですよ?」彼女が笑う。


「私、人間の間で育ったので人間を食べるのに抵抗があるんです。だから、食べさせてください」殺意のない、容赦ない目。

「異界の食べ物、飽き飽き。もっと美味しいものを食べさせてください」


「なんで、なんで村長を殺したんだ?」腹から空気が抜けていくのがわかる。しゃべるたび包丁が動いていたい。


「あぁ、あのじじぃね。村長を殺した理由は主に七瀬家の秘密を知っているからです。それをいいことに、私たち親子に当てつけられた嫌味は『鬼だと他の住人に知られたくなければ、金をよこせ。』だったんですよ?」


一歩、私に近ずいた。

いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。


「じじぃくさい札になっちゃったけど、我慢してよね?樹里じゅりおねえちゃん。」


また一歩、また一歩、近寄ってくる。

腹に包丁が刺さったまま、私は逃げた。

これまた定番、重症の怪我の故に転んだ。悪役が近寄りとどめを刺しにくる。

冗談じゃない。




「なんで半鬼にやられてるの?樹珠。私、自分自身の醜いな死に様なんて、見たくないのよ。あなた言っていたでしょ?思い出して、綺麗になりたい、美しくなりたい、愛されたい。あなた、それに当てはまってる?違うわよね。」


『お前の言うことなんて聞きたくもない。』


「私のおかげであの退治屋から救われたこと、忘れてない?ふざけないでくれる?」


『お前のせいで、罪のない人食うつもりもない人が死んだんだ。二度と、絶対に、お前の言うことなど聞かん』



「いいから、身をゆだねてちょうだい、大丈夫前みたいな馬鹿騒ぎしないから。」


   「だって、私は高貴なる鬼神族きじんぞくの長女なのでしょう?」


      「優雅に行きましょうよ、お互い様に…」



           「ね?」



赤い花の花びらのようなものが吹き出した。

私は救われたのかもしれない。


「大丈夫か?!しっかりしろ!」


男の声?まだ若い。



久しぶりに見た。




  桃色の夢を。

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