第22話 ちっちゃい丘

京の町並みを目の当たりにして、初めて人界のことを思い出して、懐かしんでいたことでさえも、心の中の空白を埋めることはなかった。


穴が開いたような感覚。


緑を見るたびに目が癒される感覚。


帰りたいな、と思ったり、やっぱりここにいると決めたり。


梅の伸びる髪の毛をみて、涙を流したり。


人の子が山を登って自分の子鬼こおに時代を比較して、もっと兄様あにじゃ達と一緒にいればよかったと悔いたり。


少しずつ止まる身長の成長が、湖の反射を覗くたびに知らない大人の女が写ったりすることを、あぁ、お梅だったと頭を抱えたり。

抱えた後に、梅の顔を撫でようとしても、それが水の接触で拒まれて、自分の顔が映る。



なんて、ひどい顔をしているのだろう、まるで亡霊だ。



風が空気を通して流れて、わたしの髪の毛を空へ吹かせる。


そらは青くて、開放感を心隣で居座る。私の罪の背中を撫でることなく、大丈夫だと言われもせず、人間は私の隣を何もおもわず通り過ぎていく。

心の錠剤は、見つからず、人間に話しかけても、なんの返事もない。


ただただ、無視をされ続け、私は疲れ果てた。


眠りたい、眠りたい、眠りたい。

眠気がひどい。もう、何年眠っていないのだろう。いや、眠ったと言えば、眠ったな、人界に来て、人間の眠りは嫌なくらいしてきた。人間の真似事だとて、散々してきた。人間だって食べなくなったのだ、月鬼村げっきむらでは異界の食べ物を口にしていただけで、本当の食事はしていなかった。眠りは浅いものばっかり、食べても食べた気がしない。

眠気がひどい、お腹が空いた。


欲の名前を背負っても、背負わなくても。ここに来て人間を食べてから、悪い印象ばかり寄せられた、村潰しのせいで、赤鬼という名はいろんなところに馳せた。


緑の草木が私を癒す。 

京の中の活気は私の興味を引きつけた。

青い空は、私の暇を解消させた。


ただ、この心の中の重い荷が、私を引っ張る。

誰かと話をしたい、同情されたい、お梅のような友達が欲しい。

名声の渇望?悪意の象徴?そんな言いがかりを殴りつけられたって、いいだろう。事実であるし、私も私でこの数年で性格が思いもよらない方向に行ったのも真実だ。


主様ぬしさまがかけた私への課題、もう一人との私の対面、その処理と、片付け。

心の闇だってできた。

兄様あにじゃの有様を見た結果、私は気を付けなければいけない。


京にきてから、心の疲れが今まで以上に貯まるようになった。心がいつの間にか、人間が私につける諱を受け入れているようになっていた。京もまた、月が空を黒く染めて、自分だけの劇を独占している。

夜になると、空は私の目の裏側まで吸い込もうとする。


主様ぬしさまは、すべてを答えているようで、いらない星を叩き落とすように流す。



暗闇の中で見た兄様あにじゃの姿を思い出した。赤音あかねという人間とどれだけの幸せだったのだろうか、そのせいで、暗闇に飲み込まれた。歴兄れきにいについては誰に惹かれて、誰が引き裂かれたのかは不明だったが、

「俺の方で助けられた時はまだ正常だったさ。」というには、それ相当暗闇が食い込んできたのだろう。


人間は危険だ、だったら私は離れなければいけない。人間が危険だからこそ、自分の安否がこの人界では約束されたものではないと心の肝を座らせなければいけない。だけれど、なぜだろうか?京にきてから、私の存在を気付く人間は誰一人もいない。一番最初は無視をされ続けているだけだと思っていたけれど、どうやら気付いていないのが本当らしい。


人間の皮を羽織っていても、正確的には『半鬼はんき』だが、その肉体を羽織っていても誰も気付かない。正直、月鬼村の時で村長の死体から漂った悪臭を気付かない人間たちの不気味さを思い出した。あの時は本当に背中が凍るような思いをした。

ひどい悪臭を、気付かない人間たち。

生きることを封印する札、あれほど恐ろしいものは否定の鬼神ぐらいだ。


ここで、めまいがした。

頭が急に回転して、どこかをひねったような感覚を持った。

体が思うように動かなくて、

嫌な思い出を思い出した。






『もっと』

『赤が見たい』

『もっと』

『強くなりたい』

『もっと』

『綺麗になりたい』

『もっと』

『見てもらいたい』

『もっと』

『食べたい』

『もっと』

『愛されたい』



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「この体を乗っ取りたい。」













ここで、周りが暗くなって、真っ黒になって、泣き叫ぶの。


だって、この子がいけないんですもの、私を今まで縛ってきて。何度も助けを呼んで、私が助けなければこの子、また泣くのよ?

不公平よね。


人は鈍感なの、私だって鈍感。だって、みんなみんなみんな、他人のことなんて御構い無しなのよ?何を今更「助けなさい」よ。


兄様あにじゃも弱くなったわ、

歴兄れきにいだって、

父上だっていっつも屁っ放り腰。


人間がどうしたのよ、自分の人生を生きているだけなのに、いっつも鬼たちに憎まれて。

あの村の人たちも可哀想よね、せっかく否定の力を手に入れたのに、私に潰されちゃって。弱いのがいけなかったの、弱いのは、生き残れないの。

私を見えないのもある意味弱っちい証拠よ?我ら鬼も見えず、見えた時には怯え、逃げ出す。

「こちらの気持ちも知らないで。」とはよく言ったことだけれど、本当、それだけ。


自分勝手な生き物、それが人間。なんでそこで終わらせられないかな?人間が自分勝手なら、私だって自分勝手でいいでしょう?わたしは、自分に厳しすぎるのよ。

だから私を開放してくれないの。

だけどやっちゃったね、放心しちゃった。


私、あなたが欲の鬼名背負うのすごく長い間待ってたの、そうしたら責任とか色々背負うじゃない?だからね、あなたがあの村のように潰れちゃうの待っていたの。

そしたら、私の勝利だからね。


何もしないのも、ある意味最高な手口でもあるの。


ほら、兄様あにじゃもよくやってたでしょ?


「人間はそういうものだから、諦めなさい」って。

「友達にはなれない」って。


それで優しく頭を撫でで、微笑むの。


なんで気づかないかな、手口っていう手品。別にびっくりすることないでしょ?私がいつかこのように君臨するの知ってたんでしょ?主様ぬしさまだって忠告をしてた。

わたしに課題も授けた、私に会って、私を処理して、私を片付けるっていう。


だけれど残念よ、本当に。


また、沼の底へと落ちちゃった。



弱っちいわね、どいつもこいつも。

椿鬼つばきおにだっけ?告死の業だっけ?


あの子もあの子で災難だったわね、生まれた瞬間落ちる星行き。どこに落ちちゃったんだろう。

なんで人界の方に行っちゃうかな?大人っぽい子鬼って、ほんと嫌い。


別に急がなくても、いいのに。

子供は子供なの。



どうしようかな。

最近暇だったし、

乗っ取ってみたものの、京はツマラナイし。

特に何かを求めてもいないから、

空を眺めるしかないし。



そうだ、血祭りは楽しそうだな、さっきいた馬鹿そうな妖を招待して、京の空を真っ赤に染めるの。


楽しそう。


やりたいな。


でも、そうしたら会えないし。


ここは我慢しなきゃダメかな。


いやだな、我慢は一番楽しくないお祭りだ。


一番眠くなるやつだ。


そうだ、寝よう、寝てしまえ。




どうせやることもないし、寝てしまった方が効率がいい、合法的だ。

寝ているときは大抵眠くならないし、お腹も空かない。真っ青は空の下はきついけれど、我慢することで眠くなるんだったら、そのまま寝てしまえばいい。


でも、ここじゃいやだな。


ここは地面が固くて、起きたときにはもう肩が凝るという問題じゃないだろう。

きっと体が動かなくなるんだろうな。

どこか座るところはないかな、


心地いい感覚じゃなくてもいいの。

どこか、休める場所。


右と左がある。


私はどちらを選ぶんだろう。

わたしはどちらを選ぶんだろう。


せめて、両方がいいな。


じゃまっすぐ行こう。歩いて、街並みの中に入ってく。

人間は気付かないから別にどうでもいいし、気付かれたら気付かれたで、どうなるんだろう。面白そうだな。行き止まりに着いたって、飛び越えれば何の問題もない。




だって、壁ってたしか道を遮るけど、飛び越えるものでしょ?そうじゃないなら一体なんのためにあるのかしらね。



歩き続けて、ちっちゃい丘を見つけた。ちっちゃいっていうわけじゃないけど、それなりに小さい。丘の上には一本の梅の木。


結構長い年月ここに健在だったのかしら、歳をとっていそう。

ここでいいや、ここは綺麗な眺めだし。


でも木下もつまらないな、登ってしまえ。


足をかけて、腕を動かす。

登ったときの達成感、これもまた欲求するのにふさわしい。

悪の象徴ってわたしは言われるけど、全然そうじゃないの。


興味津々なだけ。

考え方と感じ方が突飛なだけ。


私は、ここで眠るの。


私は、次に何が起きるのかを知っているから。



信じない?豆を撒いちゃう?


いいわよそれでも。

でも、私の予想が当たったら、私があなたに向けて豆を撒くから。




            

            それでいいわね?







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