第24話 条件

どいつもこいつも、つまらない。


これは欲に埋まった感情で生まれた考えでなはく、本当に、無邪気にそう思ったことだ。



私は下駄投げを続けていた、結構長時期に渡って投げ続けた。最初は頭を下駄で投げつけられても「痛い!」と嘆くことしかできない健全な若者の男だけにしていたが、その後は女にも投げ始めた。


だけれど「痛い!」と嘆く反応をする人間は本当に稀だった。

くじ引きと一緒だ、大吉はほぼ出ないに等しい、だから徐々に試していくうちにつまらなくなってしまう。まさに、今この状況は「つまらない」検証結果を招く「つまらない」行いなのだ。


この数ヶ月、唯一私を爆笑させたのは身分の高そうな一人の人間だった。豪華な着物を着て、冠を誇り高く頭の上に飾り、他の人間たちを「人間」とも認識していない目をしていた。他の人間たちは深々と頭を下げ、それに奴は嘲笑っていた。


私はどうしたのかというと、奴の冠を剥ぎ取ったのだ。

ただの暇つぶし、というよりも、気に食わなかっただけ。


かわいそうに、冠を剥ぎ取った挙句、その男は泣き叫び、怯え、

麻呂まろの冠はどこぞや」と絶叫していた。


最後には、こんな醜態は麻呂まろにはふさわしくないと叫び倒し、梅の木と私の前で腹を切った。



正直に言うと、とても、面白かった。尻尾を切られた鼠のように慌てていた姿は、今までの人間で何よりも面白いものだった。今思い出すと、また顔が笑顔に歪む。だけど、私の眼の前で腹を切って欲しくはなかったな。


長いたくば、自分の屋敷の中で腹を切って欲しかった。おかげで美しいこの景色が台無しになったから。



今日もまた、下駄を投げ続ける。だけど、いつもいつも私が履いていた下駄は人間を透き通って何の反応を引き起こしてくれない。

せいぜいは「あれ、何か落ちてこなかったか?」という反応。

今日もまた、私はあの人間の男に下駄を投げることはできなかった。気持ち悪い感覚に虫酸が走る。


髪の毛?

何かの液?

体液なのか?

指先?

刃物?

舌?

歯?

爪?


それが毎日あの男に下駄を投げようとすると私の後ろに這い寄ってくる。





気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い




手のひらから血が流れてくるまで拳を握り締める。


なんなんだ、なんでこの男だけなんだ、なにか埋まっているような、掘り起こさなければいけないこの感覚、だけれどそれに恐怖する私の本能は、何様のつもりなんだ。



考えるだけでも腹が立つ、もういっそのこと、この人間を殺してやりたい。


だけれど、同時に知りたい。

それが、この私の愚かな考え方が、変わらないこと。それに一番腹が立つ。



明日もまた、男はこの丘のところに来るのだろう。私の後ろに這い寄ってくるあの青い悪は、なぜ後ろからやって来るのだろう?

声に出して、可能性を述べた。



「顔を見られたくないから?」

「いや、そもそも顔はあるのか?」


「それよりも、あの感覚の正体はなんなんだ?主様は殺意だった。純粋な悪。だけれどあの感覚はいろんなものが混ざり合って気持ち悪い結果を招いている。」

        「明日、振り返ってみよう」


   

風が私の長い黒髪と、汚れた薄紅色の着物を吹く。少しづつ暑くなってきた夏。あしたも晴れかな。昼間焼けそうだった眼球は、夜という水に癒されていく。



京の夜の町並みはとても静かなものだった。起きている人間はいたけれど、とても平和で、静かだった。


足音が聞こえるまでは。



「どなたかいるのかしら。」だれも聞こえまいと思い、ため息とともに言葉をこぼした。


「あぁ、いるが?」


それは、私が予想もしなかった声だった。


「いつもいつも私に下駄を投げようとしていたが、君は一体何がしたいのだ?」

あの化け物を背負う青年は、夜空の下で、私を見ながら話していた。


私?


私のこと?


私のことだよな。


なぜ見える?


なぜ聞こえた?


見えていたのか?


いままでずっと?


「見るとは思わなかったよ、君のその表情。」呆れたような声と表情を青年は遠慮なく見せる。


「どんな顔をしている?いまの私。」


「怯えている、いや、恐怖?…うん。恐怖している顔」


「そうか。」


「うん、そう。」



話がかみ合わない。私が、私の脳が、止まろうと決意してしまった。

私は考えることをやめたのだ。


「なぜ怯えをおいて、恐怖と考えた?」


男は目を見開いて、そのまま顔を下へと俯いた。


「恐怖は、本能的に動く自己防御だ。だけれど、怯えは恐怖を起こす前兆。君は、怯えるという自覚を持った行動よりも、本能に任せ自動的に恐怖じみた表情と声を出した。だから怯えよりも恐怖だと思った。」


男は、実に簡単で、理解ができる説明をした。よりこの男が人間よりも、鬼に似てきた。私と同じような理解をするのだな。


「奇遇ですね、私も恐怖と怯えの違いであなたと同じような観念をもっていました。」


「そうか?それは良かったことで。」



見つめあうなか、私とこの青年はただただにらみ合って無言のやり取りを繰り返していた。


冷えた汗、首筋から背中へと滴る。目を細め、こいつが何をしたいのかを予想する。予想しても、こやつが何を考えているのかもわからない。とても、面倒くさい。


男は、私を怯えていた。


堂々としている姿の陰に、小さい少年のような姿が見える。一度恐怖したものが彼の心にひどい爪痕を残したような。


「君の名はなんだ?」男は口を開いた。


「普通自分から名乗らない?」


「名乗ってほしいか?」


「私が危険に陥ったらあなたの名前を言えば、みんなあなたを狙う。私の安全保障、そしてあなたの危険保障。」


「女は怖いね、特に君のような…生き物は。」



なぜそこで間をとったのかがわからなかった。私の正体を知っている?そんなはずはない。そんな馬鹿のことはない。あるはずがない。でもそうしたら、なぜ、生き物と言い換えた?


「なぜ生き物と、強調した?本当は何が言いたい?」


「本当は、鬼と言いたかったけれど、半鬼はんきという半分人間という存在かもしれないと思い言い換えた。半鬼はんきと鬼を強調されて怒る半人間もいると思ったのでな。」


「えぇ、失礼だと思う。」


「だけど、君は鬼だろう?あの時の目はありえないほど化物じみていた。」



「あの時?」



「…覚えていないのか?」


「いいえ。」





風が吹く。お互い、ほおに汗を流していた。お互い、にらみ合っていた。

冷え汗が流れた不安の目つきはやがて疑いの目つきに変わった。


また、黙り合いの始まり。



男は、声を少し荒げ、

「本当に?」と訴えた。



「本当に。あなた、私を知っているの?」私は頷いてそのまま顔を傾けた。


「…しってる。ほんの5分だけだ。君と会ったのは。」




では覚えるはずがなかろう?





「…そんな五分の間で、あなたの存在を覚えろと?」


「いや、覚えていると考えていた俺が馬鹿だった。」



男は手で顔を置い、小さく顔を横に振った。彼のゆるくまとめてある髪は川のように顔の前に流れた。

今、ちゃんとこの青年の顔を見てみると、綺麗な顔をしていると気づいた。とても上品で、綺麗な顔だ。自然で、まっすぐではっきりしている顔つきだ。青い着物がよく似合い、様になっている。もっと豪華な着物を着ていたら、貴族かと見間違うこともありそうだ。


「おまえはただの人間なのか?それとも貴族か?」と、好奇心のままに問う。何、減るものは何もない。私を鬼だと見抜いているのだ、こちらも無くすものはないだろう。


「そんな大層なものではないよ。ただの商売人さ。三年前は旅商売をしていたけど、もう今は京で食って生きていけているのでね、旅をする理由はどこにもない。ここに居座ることで、旅商売している友人にはよく会えることになったし。」一息をつきながら梅の木へと一歩近づいた。

私は少し身構えをし、少しシワを寄せた。


「やっぱり怖いのか?」


「えぇ、まぁ。」



「さっきも聞きそびれたが、おまえは本当に鬼なのか?角もなかったし、なによりも絵巻に出てくる化け物の鬼とはまったく違う、綺麗な顔をした女ではないか。」


「答えたくないといったら?」


「どうもしない。」


「その保証は?」



男は、初めて焦った顔をした。眉間にシワを寄せ、独り言を小さな声で自分に言い聞かせ、保証を探すようにしている。何分か待っていると、小さな発見を見つけたように顔を上げ、彼は私への「保険」を提案した。



「いつも通り、俺はここにくる。会う度に、俺はこの梅の木を登って君の隣に座る。君がいつでも俺を攻撃できるようにね。だけど、攻撃しない代わりに俺は君のことを一切話さない。おれは、君に嘘はつかない。」


「嘘の証拠は?」


「おれは嘘をつくと、下の唇を噛む癖がある。その癖を隠そうとすると、両手を手を隠す。あと、一日起きたことを君に話そう。君は、京にきてから、梅の木ここから離れたことはないのだろう?」



自信が溢れた目に、私はなんとも思わなかった。自分をこれだけの危険にさらす馬鹿は、ほぼ何か企んでいるからだと知っている。


「何が知りたい?」


と、私はこの条件の奥を突こうと問いた。



「君が三年前殺そうとした、『半鬼はんき』の長い黒髪の女性のこと。」




梅の皮膚が私の皮膚の上で一瞬震えたことを、私の心臓は感じ逃さなかった。後ろに、少しだけれど、あの化け物が醜い微笑みを浮かべている感覚がある。


振り返られなかった。

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《鬼神族》 秋村遊 @TorisugariWriter

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