第3話 欲という名の狂気の沼・扉{後編}
起きたのは大体250年後らしい。あの時は懸命に覚えている。
自分のしたことを思い出した、
欲の沼の底は狂気だ。あの扉は2度と開けないと自分に誓う…が。懸命に覚えているあの扉の中には忘れたくない悲しい記憶と思いが詰まっていた。
扉をくぐってあたりが真っ白だった。大きく立派に立っていた鳥居の下には若い神主がいた、癖っ毛が目立ち背筋を伸ばしながら鳥居の向こうに微笑んでいた。その背中には幸せな記憶と最悪な結末を漂寄せていた。
「君の居場所はここじゃないだろう?」と彼は言った。
「では鳥居の向こうに私の居場所があるの?」と聞いた。彼は首を振って「あの扉からくぐったんだろう?帰り道はまたあの扉だよ。」と扉に指を指す、まるで道しるべだ。
「鳥居をくぐったら幸せな記憶と思いがあるの?あの扉は嫌だ。悲しいものは見たくない。」私があの扉を拒む姿勢に彼は少し苛立ちをみせた。「君は人のなり損ないより臆病なのかい?誇り高き鬼だろう、扉は人でも鬼でも妖でも限らずみんなが超えなければいけないものだよ。大丈夫。君ならできるさ、僕が付いている。」人のなり損ない。その言葉に聞き覚えがあった。
「
「
『
人食い慎吾。
地上最悪の人食い。たしか『
人食い
人食い
そしてこの神主はきっと
気づいたら私は何も言わず自分の足であの扉を潜り抜けた。
あそこは私の居場所じゃない。格が違う、自分が醜く、小さく見える。人を殺した罪を億もせよっている主様ただ一人を救うためにあのたったひとつの小さな命は消え失せた。不老不死の命を持った自分が小さく見える、あの神主の背中はひどく大きく見えた。
そして現在、思い出しながら私は泣いた。
そして殺した。無数の自分を。人を嘲笑う自分、人を怯える自分、人を嫌悪する自分、人に憤怒する自分、人を愛する自分、人に嫉妬をする自分、人を欲する自分、人を哀れむ自分。ただただ、そうしないと私自身が潰れてしまいそうで、苦しかった。
私の最悪なはじめましてと250年間をつないで知った主様の過去と残酷。私はずっと泣いて、月が綺麗に池の水面に現れた時には、泣き疲れて眠ってしまった。
私はその日、生まれ変わったのだ。
起きたことを兄者たちに伝えることを忘れ眠り落ちた次の朝、お腹が鳴って目を覚ました。
そこにはなんだか難しそうな本を読んでいた
涙が流れてあふれていく、目はもう痛いのに。何度拭っても、流れて行く。起きていることをバレたくないのに。最後にはしゃっくりを上げる始末だった。だけど主様の手の優しいぬくもりは止むことなく、私を慰めている感覚がした。
ぽん ぽん
ぽん ぽん…
「ごめんね、怖かっただろう」と落ち着いた声で
顔を見上げても肩までしか見えない、そっぽを向いているのかな。
「主さー」とガラガラの声で喋ろうとした時、
その優しさが、あの神主を思い出させる。多分、
水を飲み干して、喉を鳴らす。
「私はどうやってあの扉に行けたのですか?」と
彼の真っ赤の目は非常に喜んでいた。そんな気がする。
続けて、
「あれは、きっと君を見込んだんだろうね。何百年経とうが変わらないやつは沢山いるが、まさか、たかが人間がこんなにもしつこいとは…驚きだよ。君もまた、死ぬほどしつこい。」
とうんざりした主様を見て、私は少し申し訳なくなった。
「アレは…
と、ぼそり
私は他に言うまでもなく、「ええ、元気でした。」
と頷くと、
すると、美しい涙が流れた。
それに対して、私は動じず、微笑んだ。
「そうか、よかった。」
と
「
多分、
少し落ち着いたのか、
その時、歴兄が走ってきた。「
「心配した、お前が影に飲み込まれたと思うと…!」と震えた声で強く抱きしめた。暖かい温もりが安心させてくれる。歴兄は大げさでも小さくもなく泣いていた。だけれど苦しくなるほど抱きしめてくれているということは、私のことを心配してくれているということなのかな。
そうだと、嬉しい。また明日、幸せな1日であって欲しい。
幸せになれなかった者の分まで幸せになろう。
たとえ幸せではなくとも、あの人のように笑顔でいて幸せな者を見守っていよう。
それが私の第一歩だ。まだ走らないさ、ゆっくり、確実に一歩一歩を大切に歩くのだ。
そうしたら、きっとだんだんなれて行くだろう。
たとえ鬼でも妖でも人でも、他人の生き様を全て真似できない。全て真似をしたとて、転んで大怪我をするだけ。だから、急がずのんびりでもなく確実に、自分が作り上げた完璧を成し遂げる。そうやって歩む者はきっと転んでもまた立ち上がり、歩き続ける、終わりまで。
それを『人生』だと私は思う。
そんなこんなで何百年も忘れない最悪の日と250年は、平和に幕を閉じた。
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