第12話『とある訓練』
五月も半ばに差し掛かった頃。
宇宙科飛行コース、そして管制コースの面々は、講堂に集められていた。
今年は例年より暑く、扇子で扇いだりしている者もいる。
『おはようございます。皆さん』
壇上に上がったのは、浅田。飛行コース一組の担任教師だ。
『皆さんをここに集めたのは、『とある訓練』を始める為です。……特に難しくはありません。クラスメイトと協力すれば、必ずクリア出来る訓練ですから』
浅田はその柔和な顔を、ふっと緩ませた。
『その名も『閉鎖環境適応訓練』。字面で分かると思いますが、この訓練で皆さんは、閉鎖環境での適応能力が試されます』
『閉鎖環境適応訓練』。
専用の訓練施設で二週間過ごし、その間に出される課題を、仲間と共同でクリアする____そんな訓練だ。
だが、裏を返せば、『仲間とのコミュニケーション能力』や、『忍耐力』が試される重要な訓練と言える。
『管制コースの皆さんの指示の下、飛行コースの皆さんが、訓練を行います。……つまりこれは、飛行コースと管制コースの合同授業のようなものですね』
『訓練は男女混合十人ずつ。……多少多いですが、人数上仕方無いので、我慢してください』
『男女混合』と聞き、男子生徒がにわかに騒がしくなる。女子生徒は、それを冷ややかな目で流し見ていた。
『組み合わせは後ほど発表します。それでは、解散』
「やっと宇宙科らしくなってきたな」
「何がだよ鎌沢」
「『閉鎖環境適応訓練』なんて、すっげえそれっぽいじゃないか」
「確かにな。……父さんが『精神的にキツい』って言ってたから、よっぽどなんだろうなあ」
中々に辛いのだ。人間は閉鎖的な環境に置かれると、だんだんと色々な機能が狂ってくるらしい。……腹時計は狂わないという猛者もいるらしいが。
「お前の親父さんって、天田飛行士だろ?」
「知ってるのか?」
「知ってるってか、名字で分かるだろ? 誰も言わないだけで」
「そういう事か……」
「有名な『あの』天田飛行士の息子だからと期待されちゃ、俺も困るよ」と肩を竦める昴。顔が緩んでいるから、まんざらでも無いらしい。
「グループ誰とだろうな。……可愛い子が良いな」
「それは分かる。癒しがいるもんな」
目をキラキラさせながら反応する昴。彼も思春期なのだ。
「でもさ、管制官も当たり外れありそうだよな」
「それはどういう?」
「美人だったら交信する度に癒されるだろ? 男だったら……なあ?」
「おう……。お前は誰が良いんだ? 管制官」
「宇田川さん。絶対清楚系だよあれ。俺の目に狂いは無い」
「バカ野郎狂いまくりだアイツは猫被ってるんだぞ」と耳元で叫んでやりたい思いに駆られた昴。彼なりの良心のつもりだろうが、やられる側からしたら、迷惑以外の何でもない。
「良いよなあ昴。あんな可愛い子が幼馴染みなんだろ?」
「うん。小学校……いや生まれてからずっと一緒なのか?」
十六年間一緒なら、彼らの絆は相当なものだろう。
「お、メンバー貼り出されてる。どれどれ……」
『天田昴』『鎌沢治平』『喜多大雅』『佐竹源治』『田津広戸』『安岐まりあ』『伊藤美春』『江藤ジュリア』『木崎友花』『木崎菜乃花』。
「か、管制官は……?」
おそるおそる管制官の欄に目を向けると、
『宇田川遥華』。
「やったああああああ!!!」
廊下に男二人の野太い声が響いた。
「あの……」
「はい?」
一人の女子生徒が話しかけてきた。狂喜している鎌沢はほっといて、昴が振り向く。
「同じグループですね。私、江藤ジュリアです。よろしくお願いします」
金髪青眼の美少女と言ったところか。中々に可愛い。
「よろしく。江藤さん。……江藤さんは、外国の人?」
「ESAアカデミーからの、交換留学で。私自身は日本とフランスのミックスなんです」
『ESA』____
ちなみに『ESAアカデミー』は、欧州宇宙機関所属の宇宙飛行士を育てるための機関だ。ちょうど日本の高校生くらいの年齢の者達が、宇宙に関する知識・技術を学んでいる。
「交換留学か。日本にはもう慣れた? ……鎌沢、いつまで騒いでんだ。行くぞ」
「日本語はお父さんから教えてもらったので、少しは話せます。……日本人は皆優しくて、良いですね」
「そうなんだ。……ん? ESAって、宇宙飛行士はいないんじゃ?」
「今年から始めたんだそうです。私は第一期の宇宙飛行士候補生の一人なんですよ」
「ESAも有人宇宙飛行を考え始めてるって事か。なれると良いね。初めての宇宙飛行士」
ESA初の宇宙飛行士で、それも美人と来れば、世間の注目は並大抵のものでは無いだろう。
「昴君、僕達は別々のグループだね」
「ああ。お前も頑張れよ?」
「じゃあ、二週間後にね」
「うん。それじゃ」
二人は別れを告げ、それぞれの訓練施設に入る。
授業の一環なので、この訓練で落とされることは無いが、それでも緊張はする。
中はわりと普通の部屋だった。
「すごいな。宇宙の壁紙がはめこんであるぞ」
「俺達は宇宙飛行士という事なんだろう。限り無く現場に近い教育、良いな。こういうのは」
「佐竹……。後ろから話しかけるのはやめろ。びっくりしちゃうだろ」
「すまない。悪気は無かったんだ」
しゅんと肩をすぼめる源治。身長一八〇センチを超える大男が肩をすぼめる絵面は、中々にシュールだ。
「なっちゃんここ凄いよ! 超リアル!!」
「ともちゃん、ダメだよ。あんまり騒いじゃ……」
良く響く澄んだ声と、鈴を鳴らしたような声が響いた。
「いてっ! ……あ、ごめんなさい……」
「ともちゃん、だから言ったのに……」
「え、ああ、良いよ良いよ。俺も内心はしゃいでたし」
JAXAの施設を再現したこの施設に興奮していないと言えば嘘になる。その点で言えば、昴にも彼女の気持ちは理解出来た。
「えへへ。あ、自己紹介がまだだった。あたし、木崎友花! こっちは双子の妹の、菜乃花ね!」
「あ……木崎菜乃花……です」
「顔がまるっきり同じだな。双子ってすごい」
これだと、見分けがつかないかもしれない。
「ええとね、アホ毛が一本なのが友花で、二本が菜乃花だよ」
「なるほど。こっちが友花さんで、こっちが菜乃花さんだな。よろしく」
アホ毛の本数が違うなら見分けやすいかもしれない。……その内間違いそうだが。
「良し。皆集まったな。自己紹介でもしよう」
源治が声を発した。彼がこのグループのリーダー格になるのだろう。
「じゃあ、天田からだな」
「ああ。……天田昴。え、趣味とか言えば良いのかな。趣味はまあ、天体観測? まあ、俺は根暗だけど、皆、仲良くしてくれると良いかなって」
「ああ。よろしくな。天田」
『よろしく』と言っているが、彼の顔は渋いままだ。
「次俺か。鎌沢治平。趣味は釣りだな。んで、彼女募集中」
『彼女募集中』と言うと彼女が出来ないのは何故なのだろうか。
「喜多大雅です……。趣味はゲーム。よろしく……」
あまりコミュニケーション能力の高く無さそうな男子生徒。彼はこの二週間を乗りきれるのだろうか。
「俺が佐竹源治。趣味は盆栽。実家は寺だ」
「渋いな佐竹……」
高校生で盆栽が趣味な人は、彼の他にいるのだろうか?
「田津広戸です。趣味はショッピングです。よろしくお願いします」
「……良いヤツそうだな」
昴の本音が洩れているが、広戸に気にした様子は無い。
「安岐まりあ。趣味は読書で、皆と友達になれたら良いなーとか思ってます。よろしくね!」
「伊藤美春。……作曲が趣味。あんまり関わりたくないな。気が散るし」
「ダメだこの人コミュ力に問題アリだな」と頭を抱える昴。
「江藤ジュリアです。ESAアカデミーから、交換留学で来ました。日本の皆さんと一緒に勉強して、その知識をヨーロッパで活かしていきたいと思っています。よろしくお願いします!」
「よっ! 美人飛行士!」「可愛いぞー!」と茶化す男子達。ジュリアは照れ切って、赤面していた。
「……あっ、あたし達か。えっと、木崎友花です! 趣味はなっちゃんとお話で、子供扱いは、嫌いです!」
しかし彼女自身が子供っぽいので、それは無理な話だろう。
「あ……木崎菜乃花……です。趣味はともちゃんとお話……。よろしくお願いします……」
コミュニケーションは苦手らしい。
「じゃあ、このメンバーで、二週間やっていく。皆、よろしくな」
こうして、二週間の閉鎖環境適応訓練が始まった。
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