第8話『新しい生活』

「お待たせしました。御崎さん」

「おお。来たな」

 空が赤くなり始めた頃、昴と葵は、徹平の下に集まっていた。

「じゃあ、これから案内するぜ。出てきたばっかだけど、寮に戻るぞ」

『じゃああのまま案内すれば良かったじゃないですか』と口に出しかける昴だったが、それを言ってしまうと空気読まないヤツKY認定されること請け合いなので、黙って着いていくことにした。




「ここが食堂。榊さん……寮母さんの作る飯がまた美味くてな。いくらでも食えるんだ」

 唐突な飯テロに困惑し、

「んで、ここが風呂。別に温泉だの銭湯だのじゃねえから、何しようが自由だ。アヒルのおもちゃ持って入ろうが、水鉄砲で撃ち合ったりなんかもアリだ」

 意外に自由な寮の風呂を紹介され、

「ここが談話室だ。風呂上がりなんかは特にうるせえな。……女子風呂の想像を吐き出すヤツらが」

 あまり知りたくなかった豆知識トリビア(?)を披露され、

「最後にここが自習室。自習っつっても、だいたいのヤツはゲームしたりスマホいじったり、本読んだりで、まともに自習してるヤツは、ちょっと意識高い系なヤツだけだ」

『それじゃあ意味無いじゃん!』と叫びそうになる『自習室』暇潰し部屋を紹介されて終わった。




「あら、御崎君。新入生の案内?」

「ええ。弟分が出来たみてえで、中々嬉しいです」

「うふふ。私も息子が増えたみたいで、嬉しいわ」

「あー……、えっと、天田昴です。よろしくお願いします」

「粟嶋葵です。よろしくお願いします」

「この寮の寮母の、榊真澄よ。よろしくね? 天田君、粟嶋くん」

「うーん……、榊さん、何歳なんです? 俺、ずっと前から気になってたんすよ」

 徹平が頭をボリボリ掻きながら尋ねる。

 真澄はにっこりと笑い、

「あらあ御崎君。私の年齢は十九歳よ? 十九歳。永遠の十九歳なのよ」

「四十九歳の間違いじゃあ……」

「あらあら御崎君。今晩の夕食に、ゴーヤを混ぜてあげても良いのよ?」

「俺の嫌いな物を持ち出すなんて卑怯な! っていうかそれ前にも実行しませんでした?」

 へー先輩ゴーヤ嫌いなんだ。美味いのに。と呟く昴。葵はあははと苦笑いを浮かべている。

「……そろそろお夕飯ね。今日は鯖の味噌煮にしようかしら」

「おっ、鯖みそかあ。榊さんの鯖みそ、超絶美味いんだよな」

「そんなに言ってもらえるなら、腕がなるわね……! 今日は新入生の歓迎も兼ねて、ちょっと豪華にしてみようかしら?」

 その日の夕食は、鯖の味噌煮におからのポテトサラダ風、チンゲン菜のスープに、杏仁豆腐という、中々に豪勢なものだった。




「おい、葵。風呂行こうぜ」

「あ、光也君。良いよ。昴君も一緒に行こう?」

「ああ。良いよ」

 寮の風呂場はどこと無く銭湯のような雰囲気だった。

 今は一年生の時間帯なのだろう。二年、三年と思われる生徒はいないように見える。

「よっしゃ、入るぜ」

 光也と呼ばれた生徒が体も洗わずに湯船にダイブするが、せめて体を洗ってからダイブしてもらいたい。

「……ありゃ、なーんだ? 女がいるぞー?」

「ええ!? ぼ、僕?」

 中性的な外見の悲しいところは、『性別を間違われる』というのが大きい。

 葵もその例に洩れず、女子と勘違いされているようだ。

「いや、待て……よーく見たら男だった。すまんな後輩」

「後輩って……今は一年生の時間帯だと思うんだけど」

 昴が質問すると、

「うんにゃ、俺は二年だよ。ちょっと早めに入ってるだけだし、榊さんと御崎さんの許可も貰ってる」

「御崎さんと知り合いなんですか?」

「知り合いってか、この寮の人らは皆分かるよ。家族みたいなもんだし。……紹介が遅れた。俺、織田晴康な。コースは管制コース。よろしくなー」

 晴康が握手を求めてきたので、それに応じる昴。晴康は中々フレンドリーなのかもしれない。

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