第18話『小さな勇気』

まだ六月にもかかわらず、ギラギラと太陽が照りつけるとある日の午後。昴は学校の正門前で、三十分も待たされていた。

「……遥華、自分から呼び出しといていないって、どういう事だよ」

せっかくの休日。一日ゴロゴロしていられると思った矢先に呼び出された昴。しかもこの暑さの中で待ちぼうけをくらうと、新手の嫌がらせを疑うレベルだ。

「あ、ごめん! 待たせた!」

「ようやくかよ。こっちはこの暑さの中三十分も待たされたんだけど」

「ごめん昴。許して?」

「……スポドリ奢れよ。喉がカラカラだ」





「……で、遥華さん。このクソ暑い、しかも休日に俺を呼び出すなんて、一体何があったんだ? もしかしていじめられてる?」

「根暗な誰かさんじゃないんだから、それは無いわよ。……ちょっと大事な話があってさ」

「俺じゃなきゃダメなのか?」

「ダメ」

きっぱりと答える遥華。その言い知れぬ圧に、昴は気圧されてしまう。

「え、何かよく分かんねえけど……、まあ、言ってみろよ」

「いや、その、面と向かって言われると話しづらいっていうか……」

頭に『?』マークが次々と浮かぶ昴。うーんと唸っているうちに、彼は頭から湯気を立ててしまった。

「……アンタじゃ一生分かんないわよ。一回しか言わないから、よーっく聞きなさい」

遥華は深呼吸を数回繰り返し、微妙に噛みながら、

「わ、私と付き合ってくれない!?」

________風が強く吹き抜けた。生ぬるく、じんわりと汗が浮かぶ。

「……良いぜ。(買い物なら)付き合っても」

「ほんと? (恋人として)付き合ってくれるの?」

「うん。(あんまり高いのは買えないが)男に二言はないって言うじゃあないの」

「あ、ありがとう! なんか、嬉しいな……」

「良いよ良いよ。で、何を買うつもりで?」

「は?」

「え?」

両者の間に、致命的な齟齬が生じていたらしい。二人して、『コイツ何言ってんの?』みたいな顔をしている。

「いや、買い物に行くんじゃないのか……?」

「そんな訳……っ! ……ああもう!」

「待ってくれ。何をそんなに怒ってんだ? 俺何かしたか?」

「……っ!」

その一言で、遥華の感情は爆発寸前まで膨れ上がり、

________ぱちんっ!

肉を弾く音が響き、昴が地面に倒れ込む。

「……アンタ、最低よ」

目尻に涙を溜めた遥華が、震える声で吐き捨てる。

「は、遥華さん……?」

そのまま遥華は立ち去ってしまう。残ったのは、頰を赤く腫らした昴だけだった。






「……で、立ち去っちまった」

「昴君さあ……」

事の顛末を葵に報告すると、盛大なため息を吐かれ、呆れられた。

「女子の告白を買い物の誘いと誤解するとか、今時ラノベの主人公でもやんないよ?」

寮の自室。昴の机は、噂を聞いた寮生達の抗議文(という名の怨嗟の手紙)や、赤インクなんだかそうじゃないものか分からないもので書かれた怪文書が山積みになっていた。

「まさかマジで告白だったのかよ……。あとこの怪文書の山と、外からゾンビみたいな呻き声が聞こえるんだけど」

「それはほら、抗議文と怨嗟の手紙。外のは昴君を呪い殺そうとしてるんじゃない?」

「はー怖いねえ。くわばらくわばら……」

厄除けのおまじないを唱えてみるが、外のゾンビ非リア軍団に効果は無いらしい。

「とりあえずこの怪文書達を片付けようや」

「……宇田川さんに謝りに行った方が良いと思うけどなあ……」

ぼやきながらも、怪文書を片付け始める葵。昴はその内の何枚かを読んでしまったらしく、ゲンナリとしていた。

『死ねリア充』

『もげろ羨ましい』

『何か面白そうだから送ってみた』

『背中に気をつけろ』

「……ロクな文面じゃねえや……」

「談話室は近寄らない方が良いよ。頭がイっちゃった人達がいっぱいいるから」

「飯、ここで食って良いかな……?」

「僕から寮母さんと御崎さんに言っとくよ。昴君は待ってて」

そのまま葵は扉を開け、廊下に出て行った。ゾンビ非リア軍団は葵が一言二言何かを喋ると、我に帰ったように、自室に戻った。

「(アイツの前世、教会の神父さんだったとか?)」






「御崎さん。ちょっと相談が」

「おーう粟島。どうした?」

角刈り頭に黒く日焼けした肌。そしてどことなく威圧感のある声。

『星天寮』の兄貴分兼学生長。御崎徹平だ。

「昴君が、今日は自室でご飯を食べたいらしいんですが」

「天田が? アイツに何かあった……いや、そういやアイツが帰って来てからしばらくして、寮生がゾンビみてえに天田の部屋に押しかけてったんだが、それと関係してんのか?」

「あー、まあ……。そこは聞かないでおいてください」

曖昧な笑いを浮かべ、目を泳がせる葵。

「そ、そうか。榊さんには言ったのか?」

「まだです。これから言いに行きます」

「おう。昴には『お大事に』って言っとけ」

「はい」






寮の食堂は、まだ昼前だと言うのに、多くの寮生であふれていた。

「榊さん。今日の夕飯、昴君は部屋で食べたいそうです」

「あら、どうしたのかしら……。具合でも悪いの?」

心配そうな表情を浮かべる榊。葵は『違うんです』と首を振る。

「ちょっと事情がありまして。当分背中に気をつけなきゃいけないというかなんというか……」

事情を知らない榊は、当然、目を白黒させる。彼女の背後に、大量のクエスチョンマークが浮かび上がっているようだ。

「寮生の名簿、どう書けば良いかしら。体調不良?」

「精神的に参ってるかもしれないので、あながち間違いでは……」

「……体調不良で良いわね。うん」

結局体調不良として処理された昴。

「夕飯は六時ね。時間に近くなったら来てちょうだい」

「分かりました」





「ただいま。……うわ、昴君、大丈夫?」

「メンタル死にそう……」

葵が自室の扉を開けると、昴がうつ伏せになって倒れていた。

「い、いちいち開けて読んだんだ……。変なとこでマメだよね。昴君って」

「ラブレター感覚で読んでたら逆に悲しくなってきた」

「訂正。はっきり言ってバカだよね。あと宇田川さんに謝りなよ」

ぐてっと机に突っ伏す昴。全体的に見れば、今回は彼の自業自得なのだが。

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