第14話『歪んだ怒り』
「ふう……」
計算ランニングを終え、広間に戻ってきたジュリア。何故か、美春がこちらを睨んでいる。
「……何でしょう、美春さん?」
美春はゆっくりと立ち上がり____
「__がっ!?」
ジュリアを壁に叩きつけ、その首を絞め上げた。
「かっは……い、きが……!」
首に手をやり、美春の手を退けようとするジュリア。しかし、万力のように、その手は動かない。
「……私はあんたが嫌いだった……」
至極恨めしそうに、言葉を発した。
「な……にを……?」
「何でもこなして、誰にでも優しくて、何食わぬ顔で一番をかっさらって、なのにプライドの欠片も無い。端から見たら、聖人だろうね。……でも、私はそれが気にくわない気に入らない気持ち悪い!!」
「はっ、あっ……」
「苦しいでしょ? 『何で?』って、混乱してるでしょ? 私はあんたを見る度にそんなだった! 苦しかった! 嫉妬で狂いそうだった!!」
「どう……して……?」
「分からないの? あんたがいっつも一番で、私はどう頑張っても二番。……今まで私が生きてきた音楽の世界じゃ、私が一番だった。なのに、ちょっと世界が変わるだけで、私の地位は揺らぐの? ねえ!」
そうまくし立てる間にも、美春はジュリアの首を絞め続ける。
「し、死んじゃ……うよ……」
「ああそう! でも、これが私の苦しみだから。私は倍返しにする人間だから! ……良い顔ね、偽善者。ぞくぞくする。『格下』に苦しめられるのはどう?」
全く自己中心的な理由だった。『自分が一番でないから殺しにかかる。音楽で一番だったから、
「あ……あ……」
「頭に酸素が回ってないのね。可哀想に。でも、当然よね? 私を苦しめたんだから。あの笑顔の裏で、嘲笑ってたんだろ!? 言えよ! お前なんか、お前なんか死ねば良いんだ!!」
「おい! 何をしているんだ!」
「ちっ……!」
完全にバレたと思ったのか、首から手を離す美春。ジュリアの顔は、真っ青だった。
「かっ……はっ、ひぃ……」
「何やら怒声がして来てみれば、伊藤。これは何だ?」
源治の渋い顔が、般若の形相へと変貌を遂げていく。
「だ、大丈夫か? ジュリアさん……」
「ちょっと……酸素……回らない……」
「待ってろ」と、自分の寝床へ引っ込む昴。しばらくすると戻ってきて、
「酸素スプレーだ。何で俺のとこにあったかは知らないけど……」
「ありがと……ございます……」
貪るようにマスクに口を当てるジュリア。相当酸素が足りていなかったのだろう。
「伊藤。何をしていた? 俺には、江藤の首を絞めていたように見えたが」
「……別に。ちょっと怒ってただけよ」
「じゃあ何で江藤があんな風になっているんだ?」
美春は口をつぐむ。「やはりな」と、源治は何か、合点がいったようだ。
「鎌沢、田津。見ていただろう? 出てこい」
「なっ!?」
予知していたかのような源治の言動に、昴が驚きの声をあげる。
「……いやあ、源治。バレてたか」
「怖くて入れなかったよ……」
「あんた達、まさか最初から……」
幽霊でも見るかのような目で、二人を見つめる美春。
「いや? 何かうるせえなって思ってきたら、伊藤が江藤の首絞めててよ」
「鬼みたいで、怖かったな」
「ああ……。女ってあんなになるんだな……」
抱き合い震える二人。彼らに相当のショックを与えたらしい。
「……だ、そうだが伊藤。弁解や弁明はあるか?」
「……無い。したって無駄だから」
「うむ。物分かりが良く、助かる。天田、管制は何と?」
「もうすぐ先生達が来るから、大丈夫だと。……伊藤、
「……死ね。偽善者共」
「彼奴め!」
酷い捨て台詞に激昂した源治が、美春に詰め寄る。
「良いよ佐竹! これ以上関わったって、無駄だ」
源治の肩を掴み、昴が宥めにかかる。
入れ替わるようにジュリアが美春に近づく。
「何____」
そして、彼女が何かを言い終わる前に、ジュリアが美春を抱き締めた。
「……は?」
自分の首を絞めた相手を抱き締めるなんて、どうかしてる。そんな感情が、美春の顔から、ありありと見て取れた。
「苦しかったけど、痛かったけど、それでもあなたは、私の仲間ですから。……許してくれなくても良いです。あなたを不快にさせてしまったんだもの。さっきのは、当然の報いです……」
「……離して。気持ち悪い」
「あっ……、ごめんなさい……」
ガコンと扉が開き、教員達がやって来た。
「江藤、保健室に行くか?」
「いいえ。天田君が助けてくれましたから」
「そうか。ほら、行くぞ伊藤。頭冷やせ」
大人しく従う美春。誰にも聞こえないだろう声量で放った一言は、『佐竹にだけ』聞こえていた。
「……そういうのが気持ち悪いのよ。江藤」
「(……伊藤美春……。彼奴には注意せねば。戻ったときに、何をするか分からんからな……)」
「……落ち着いたか? 江藤」
「はい。さっきのはちょっとびっくりしました」
「恐ろしいよ。何で伊藤さんはあんな事……」
「彼女、嫉妬深いのでしょう。たまたま私が嫉妬されただけなんですよ。きっと」
「でも、首を絞めるなんて酷い!」
友花が抗議の声をあげ、それに菜乃花も同意する。
「でも、彼女が怒りを表してくれて良かった。『嫉妬で狂いそうだった』って、ああしなきゃ、本当に狂っていたかもしれないんです」
「ジュリア、あんな事されて、怒ってないの? やり返したいとか」
「そんな事は。やり返したいなんて、とんでもありませんよ」
「やっぱりジュリアは神様だ……!」
「私はフランス人ですよ?」
「いやそういう事じゃ無いぞ!?」と、全員がツッコんだ。息ぴったりのツッコミに、ジュリアも苦笑する。
「次の課題まで、何時間かあるよな? 何かしないか?」
「王様ゲーム……」
「鎌沢、何考えてるんだ?」
「な、何も考えて無いヨ?」
「バレバレだよ鎌沢君……」
目が泳いでいるので、良からぬ事を考えていたのだろう。
「えーじゃあ、えっちいの禁止で王様ゲームね。最初誰が王様になるの?」
「ジャンケンで決めてはどうか?」
「源治君わりと乗り気? じゃ、ジャンケンね。いくよ。さーいしょはグー! ジャーンケーン!」
「ポン!」と、一斉に手を出した。
「む、俺が王様か。さて、何を言うか……」
うむ……。と数秒考え込み、
「では、天田と安岐。抱き合え。そうだな、時間は問わない」
「佐竹ぇ!?」
「ギリえっちく……無いね。そう思いたい」
「おっ、お……、じゃあ、行くぞ?」
「ど、ドンと来い昴君……」
ぎゅっと、昴から抱き締めた。
「はわ……」
「えええ何これめちゃくちゃ恥ずかしい……」
「冗談のつもりだったんだが……。失敗したな」
「冗談なら命令しないで!!」
「あ、安岐。すまない……」
その頃、管制室では。
王様ゲームの様子を、無表情で見ていた遥華は、ヘッドセットの電源を切ると、
「あんのバカ昴ぅうううう!!! 訓練が終わったらあたしがいっぱい抱き締めてやるんだからね覚悟しなさいよ!!」
そんな事を叫んでいた。その遥華を周りの教員と管制官達は、微笑みながら見つめていた。
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