第13話『訓練の始まり』

「結局、今は何時なんだ?」

昴がそんな疑問を呈した。ここ閉鎖環境訓練施設に入ってから、初めての課題だ。

「俺達がここに来たのが、一限の終わりくらいだ。仮に来た時間を、九時二十分と仮定しよう」

この課題を主導しているのは源治。やはり彼がリーダーのようだ。

「そして……俺は目が良いから、チラッと見えたのだが……さっきのモニターの後ろの卓上時計は、『9:37』となっていた」

「佐竹、お前凄いな。あんなちっちゃいのが見えたのか」

「源治君、結構細かいのまで見えるもんね」

「天田、安岐。俺の話は後だ。……暫定的なものに過ぎないが、五分過ぎたと仮定して、九時四十二分じゃないかと、俺は思っているのだが。皆はどうだ?」

源治が言うなら。と、全員が同意した。源治は画用紙に、『9:42』と書いた。

『……時間です。時刻を書いた画用紙を掲げてください』

宇田川管制官の(意図的に作った)ハスキーボイスが響いた。タイムアップを告げられた源治は、画用紙を高々と掲げた。

『……A班、C班、H班が正解です。今は九時四十二分……あ、今は四十五分でした。他の班はハズレです』

「やったな佐竹!」

「ああ。まさか当たっているとは思わなかった。……時計が無くても正確に時間を計れるように、精進しなくてはならないな」

「これが『ケンソン』というものですか?」

「ジュリア、これはちょっと違うかな……」

ジュリアのボケ(?)に、まりあが冷静にツッコむ。彼女ジュリアは天然らしい。

『次の課題まで、二時間の休憩を取ります。各人、自由に過ごしてください』




「自由に、か。何するかな。佐竹、計算ランニングやる?」

「ああ。体力錬成は大切だ」

隣の部屋に入り、ホームランナーの電源を入れる。このホームランナーは特殊で、計算をしながらランニングし、最終的に正答出来た問題が、個人のスコアとなる。

『37×9は?』

「333」

『ピンポーン』と効果音が鳴る。

『58×7は?』

「406か」

佐竹も正解。彼にとっては、肩慣らしにもならないだろう。

『99×12は?』

「げっ、いきなり難易度上がったな。えーっと……」

『ブブーッ!』と、耳障りな効果音が鳴った。煽られているようで、少し不快だ。

「うむ。次は俺か」

『87×27は?』

「む……、2349か?」

これも正解。ようやく肩慣らしと言ったところか。

『80×52は?』

「えっと、4160!」

昴も正解。自然と彼の顔も綻ぶ。

『118×27は?』

「うむう……、3186」

正解。彼は計算能力が高いらしい。




「佐竹、お前強すぎだぞ……」

「日頃の鍛練の成果だ。いずれお前にも出来るだろうさ」

「そうなんかね……?」

「うむ」

いつもの渋い顔で返す源治。彼が笑うところは、誰も見たことがない。

「佐竹、お前笑ったことあるの?」

「……あまり無いな。俺は笑いのツボが深すぎるらしい」

「無いのか。何か……冷たそうに見られそうだな」

「うむ。しかし笑ってばかりもいかん。感情をコントロールしなければ」

「そ、そうか……」

こいつ、何だか良く分からないな。と首を傾げる昴。それを見た源治が、

「父が厳格でな。俺以上に笑わぬ。……父の遺伝子が、濃いのかもしれないな」

「佐竹は寺の出身だったっけ?」

「うむ。曹洞宗の寺だ。父は俺でなく、兄を跡継ぎにするようでな。俺の将来には、口を一切出さなかった」

「へえ……」

寺についてはド素人の昴は、間の抜けた返事をするしかなかった。




『では、二つ目の課題です。三時間の制限時間で、百ピースのホワイトパズルに挑戦してもらいます。仮に完成しなくても、問題ありません』

「ほわいとぱずる……うわ、全部真っ白だ。どうしようなっちゃん」

「一旦端っこから作ろう?」

「むむ……中々に難しいな。絵柄が無いのが最大の難点か」

「分かんないなあ」

「ぐぐぐ……」

「……やべ、これ違うか」

各人が絵柄の無い特殊なパズルに苦戦する中、ジュリアだけは、黙々とパズルを組み立てていた。

「ジュリア速いね。こういうのは得意?」

「はい。小さい頃からパズルは好きでしたから。まりあさんは?」

「ちょっと苦手かな……。真っ白だから、ごちゃごちゃになっちゃうの」

「そうなんですか。……でも、得意も苦手も、人それぞれですからね」

「おお……、ジュリア、あなたは神様?」

「ここに神様はいませんよ?」

「いや、そういう事じゃないのさ……」

唐突に放たれたジュリアの天然発言に、苦笑するまりあ。

「……あ、出来ました。一時間くらいしか経ってないですね。残り二時間、何しましょう……」

「うああジュリアちゃん、あたし達に教えておくれよ。あたしもなっちゃんも、困りきっちゃって……」

がーっ! と叫ぶ友花。彼女が怒りに任せてパズルを破壊しないか心配だ。

「ともちゃん、怒っちゃダメだよ。こういうのは集中してやるんだから……」

怒る友花を宥める菜乃花。やはり友花菜乃花では、性格が真逆らしい。

「と、友花さん。まず分かりやすいところからやりましょう? 端とか!」

「端はもう出来てるよう!」

「わああ怒っちゃダメえ……」

「ああ、だだっ子を宥める親見てる気分だ……」と呆けた顔の昴。彼のパズルは半分ほどしか完成していない。

美春は騒ぐ三人を、冷めた目で見ていた。……正確には、ジュリアを見ているように見えるが。

真面目に取り組んでいるのは、佐竹(既に終わっている)、鎌沢(頭を抱えながらピースをはめている)、広戸(時々考え込みながら作っている)くらいか。

……佐竹はジュリアの次くらいに、この課題に対する能力が高いのかもしれない。




『時間です。各人、トレイにパズルを戻してください』

一度バラバラにパズルを解して、トレイに戻す。戻し終わった後の彼らの反応は、背伸びをしたり、机にうつ伏せになったりと様々だ。

「どうだ佐竹。調子は」

「中々に手間取った。まあ、完成させられたがな」

「俺半分しか出来なかったよ」

「半分も出来れば上等だろう。俺も、偶然集中力が続いただけさ」

彼にプライドと言うものはあるのだろうか。

「次、また計算ランニングだろ? 今度は負けないからな」

「うむ。挑戦せよ」




『__2358+5172は?』

「むう……、7530」

正解。彼も、考え込む事が多くなってきた。

『3756+1726は?』

「5482!」

昴も正解。ようやく源治に追いつくレベルになりそうだ。

昴と源治がしのぎを削る隣で、ジュリアと美春も計算ランニングに勤しんでいた。

『523×45は?』

「23535!」

『652×77は?』

「……50204」

二人とも互角と言ったところか。心無しか、両者の間に火花が散っているように見える。

『959×68は?』

「えっと、65217? あっ、違うんですね……」

『1022×14は?』

「……14308」

正解。二人のスコアを比べてみると、ジュリアが二十問中十九問、美春が十八問。一問差で、ジュリアの勝ちだ。

「ふうう……。とても疲れました……」

ペタンと床に座り込むジュリア。その白い肌には、玉のような汗が浮かんでいる。

「美春さん、またやりましょう!」

「……いや」

ふいっと背を向け、そのまま出ていってしまった。

「あ……」

一人残されるジュリア。露骨に拒否感情を示されたのが堪えたのか、唇をきゅっと噛み締めている。

「……ダメダメ。泣いてちゃあ……」

パンパンと頬を叩き、気合いを入れる。

タオルで額の汗を拭いて、ジュリアは立ち上がった。

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