第4話『父の背中に憧れて』

「おじさんが現役の頃は、どんなだったんですか?」

 唐突に、遥華がそんな話題を切り出した。

「そうだな……。もう昔の話だが、聞いてくれるかい?」

「はい。色々参考になりそうですし」

「そうか。……僕が初めて宇宙に行ったのは、一九九九年。僕が二十九歳の時だった」

 一九九九年は、国際宇宙ステーションISSの組み立てが始まった年だ。

「当時の僕は、国際宇宙ステーションの組み立てミッションに参加していてね。……元々プラモデルなんかを組むのが好きだったから、その延長上にあるものだと、割り切ってたなあ」

「組み立ては楽しかったんですか?」

「いや、組み立てるのが好きとは言え、僕らは宇宙飛行士だ。宇宙飛行士は、常に『百パーセントの成功』を求められる。これから何十年も使う宇宙ステーションなら、尚更ね。だから、楽しさとは裏腹に、いつも緊張していたよ」

 極限の宇宙では、『九十九パーセント』が成功しても、『残りの一パーセント』が失敗すれば、死に繋がりかねない。

「命懸けですね……」

「確かに命懸けだね。でも、それ以上に、宇宙から見た地球は、美しかったよ」

『地球は青かった』というガガーリンの証言を、敏洋は自分の目で実感したのだろう。

「そうだ。昴。お前は何故宇宙飛行士になろうとしたんだ?」

「俺は……、まあ、父さんに憧れてかな?」

「ほお。僕にか。遥華ちゃんも、宇宙飛行士志望だったようだけど?」

「ああ、あたしもおじさんに憧れて……。まあ、家の事情で管制コースに行きましたけど」

「ふうむ。人様の事だから、詮索はしないよ。……でも、僕に憧れて飛行士になりたいという子がいるのは、嬉しいね」

「今は管制官でも、いつか宇宙飛行士選抜試験を受けたいなって思ってるんですけど」

「地上管制官から飛行士になった人を何人か知っているが、皆必死に訓練していたよ」

 地上管制官という『一般人』から、宇宙飛行士という『エリート』になる。頑健な体と、強靭な精神力が必要だ。

「やっぱり、難しいですかね?」

「うーん……、何より体力が必要だし、閉鎖環境でもいつも通りにしていられるかってのも重要かな」

 より正確には、『閉鎖された環境下で、ストレスにさらされても、クルー仲間と仲違いをせずにミッションを遂行出来るか』という能力が問われることになる。

「まあ、僕は管制官が一番、遥華ちゃんに合ってる気がするけどね。人の話を聞いたりするの、得意でしょ?」

「え、まあ。よく昴の無駄に長くて眠くなる話に付き合わされてましたし」

「無駄って言うな!」

「いやいや、それでも聞いてくれるのは、遥華ちゃんの良いところだよ。……それと、遥華ちゃんは、小さい頃から要領が良かったし、応用力も高かった。どちらも管制官に必須のスキルだ」

 宇宙から送られてくる膨大な量の情報を処理するには、要領が良くなければ、すぐに自分の処理能力を越えて、パンクしてしまう。

 宇宙で何か事故が起こったときのためのマニュアルはあるが、宇宙では、マニュアルに無いことも起こるかもしれない。遥華は、そんなときに、既存のマニュアルを応用する力が高いのだと、敏洋は言っている。

「つまり?」

「遥華ちゃんは、優秀な管制官になれる。僕が保証するよ」

「父さん、俺は?」

「お前は宇宙飛行士だから……僕の息子とは言え、なれるかどうかはお前の努力次第だな」

「じゃあ、死ぬ気で頑張らないとだな」

「(……この二人は、僕がサポートしてやらないといけないかな。何せ、実の息子と、娘同然の子だしね)」

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