第11話『ある休日の出来事』

五月。

 桜も緑色に染まり始め、心地よい風が吹き抜ける頃、昴は『星天寮』前の坂を歩いていた。

「まさか買い出しを頼まれるとは。俺も暇じゃないんだけどなあ……」

 まず買い出しこんなことをさせられている時点で、暇であることを見抜かれていたと思うが。

「ん? 昴じゃない。どしたの? 買い出し?」

「暇そうって理由でやらされてる」

「……んー。まあ、あたしから見ても、アンタ暇そうだし」

「お前にまで言われちゃ、ほんとにそうだったんだろう……」

 あははと笑う遥華。彼女は昴に近寄り、

「物が多いようだったら、手伝ってあげようか?」

「お、ありがとう。助かるよ」

「幼馴染みだし。どうってことないよ」

 二人並んで歩き出す。遥華のものであろうシャンプーの爽やかな香りが、昴の鼻腔をくすぐった。

「……なあ、お前のそれさ、シャンプー?」

「ん? ああ、これ? 香水。相部屋の子が持ってるの、貸してもらった」

「そういうの、やって良いの?」

「『シャンプーです』ってごまかせばある程度……何とか……なるかな?」

「何で疑問系なのさ……」

 五月のはずだが、日が照りつけだした。

 地球温暖化は、無慈悲にも進んでいるらしい。

「……あっつくない? さっさと済ませて帰ろうよ」

「確かにね。……ってかスーパーどこ?」

「すぐそこでしょ。ほい、歩く歩く」




「昴さ、何買うの?」

「えーっと……『レタス、ハム、プチトマト、ドレッシング、ししゃも』……今日の晩ご飯は野菜サラダか」

「え、分かるの?」

「分かるよ。これの前にも何回か買い出しやらされたし」

「自分からはやりにいかないんだ?」

「だってさあ、面倒じゃん」

 ズコッ! と遥華がコケた。

「アンタ……いや、アンタは昔っからそうか。『面倒』とか、『俺はやんない』とかって」

「生まれ持った性格だからね。しょうがないよ」

 話している傍ら、昴はホイホイと夕飯に必要なものを、買い物かごに放り込んでいく。

 そんな昴の様子を見て、遥華は目を丸くして見ていた。

「それさあ、ものの位置とか、覚えてんの?」

「ん? うん。一々見るの面倒だしね」

 まーた面倒かよこの幼馴染みは……。と、頭を抱える遥華。それを昴は、訳が分からないといった目で見ている。

「だってさ、一々見てたら、お前と話できないじゃん。いや、話すネタが無いけど」

「え? え……? それ、どういう……」

「いや、単純にもの取る度に明後日の方向向きたくないって話」

「ふーん……何だ。そんな事か」

「そんな事です」

 そう言う間にも、彼はものを放り込んでいた。

 後ろの人遥華が顔を赤くして、不貞腐れているとは知らずに。




「うわあ、来たときより暑いとか、何なのこの星。もう火星とかに移住しない?」

「火星の有人探査は、二〇三〇年までお預けね。移住ってなると、もっとかかるかも」

「夢を見させてくれよう……」

 しなびたナスのようになる昴。

「ほら! ふざけてないで歩く! おんぶに抱っことかされたいの?」

「正直言って、されたい。っていうか遥華だったら大歓迎」

「……アンタって人はぁ~!」

「ジョークです! う、嘘ですよ遥華さんっ!? ちょ、袋は投げないで!!」

 遥華の逆鱗に触れてしまったようで、涙目になりながら逃げる昴。

 この『鬼ごっこ』は、昴が捕まって、尻に蹴りを入れられるまで続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る