Episode20 レギュレーションなど知りません!

「カナちゃんばいばーい!」

『まったねぇー!』


 肌寒さを覚え出す十月の風を受けて、ついでに視線も受けつつ佳奈は一人学校を後にする。いつもの騒がしいあの二人は揃って風邪で休んでいるのだ。

 たまには一人というのも悪くはないとは思いながらも、いざあのやかましい声がなくなると少しだけ寂しい気分になる佳奈であった。


 星崎東商店街。ここは佳奈達の帰り道に位置しており、バーガー店や雑貨店や洋品店などが軒を連ねるアーケード街である。

 ちょうどバイト先の給料日であることもあり、佳奈はちょっとしたウキウキ気分でもあった。いつもの店でほんの少しの贅沢をしようなどと画策していたのである。


「っしゃっせー」


 普段ならバーガーセットだけなのだがこの日は違った。ナゲット&シェイクである。それは月に一度あるかないかの佳奈だけの追加メニュー。にっこり微笑む彼女はトレーを受け取ると席を探していた。この時間からは一階が混み始める。それを知っていた佳奈はまっすぐ上の階まで駆けあがると、一人掛けのカウンター席の様子を伺う。


 その中にどうも見たことのある顔を見つけた。ただそれは知り合いというわけではなく、校内のどこかで見たはずという曖昧な覚え方でしかない。誰だったかはさておきちょうど隣が空いている。


 佳奈はあたかも偶然というていで颯爽とそこへ腰掛けると、『うん、うん』と自然ではないが可愛らしく咳払いもしてみせた。テンション高めの彼女はいつもとは違い積極的なようにも見える。

 どうやらそれに気づいたようで先客は佳奈の方をじっと見つめている。


「あの、失礼ですが同じ学校の方ですよね?」

『あ、制服? 本当だぁ~!』


 隣の女子生徒はショート丈の髪を弄りながらしばらく考え込むとした表情をする。


『あれぇ……? どこかで会ったような気がする? 人違い?』

「あっ……確か購買の時に、わたしがお話を伺いました」

『あー、なんかそういうことあったねぇ。あのあとどうなったのぉ?』

「それがですね……犯人をつきとめることができました。カナさんでしたよね、あなたのお陰ですよ」


 なにやら得意げな顔をして話す彼女に、佳奈は微笑ましい気持ちになったのだろうか、なんとナゲットを二つ差し出したのである。これは佳奈史上始まって以来となる、二度と見られないであろう他者へ食べ物を分け与える貴重なシーンである!



***



『それじゃあ、またねぇ~』


 そういって佳奈は上機嫌で店を後にする。あの女子生徒の名前を聞いていなかった事だけが唯一の心残りとなってはいたが、学校が同じならばそのうち遭遇するだろうと思い直すのであった。


 ――キンキュウ、キンキュウ、シュツドウ、シュツドウ


 それは商店街を出てもうすぐ帰宅、という時であった。

 佳奈のポケットの中では緊急要請のアラームがやかましく鳴り響き、それを何発か叩いて黙らせる。

 ただ今日だけは佳奈からは舌打ちがでなかった。


 現場である工場跡へとすっ飛ぶと怪しい奴等の影が並んでいた。

 佳奈の乱入を阻もうと迫るものの、それを有無も言わさず吹き飛ばしていく光滅魔法と言う名の暴力。

 最後に取り残された一人の目の前に彼女は立ちはだかり告げる。


「明日が迎えられるかどうかは、お前の普段の行い次第だ」


 光の波がすべての悪を討ち取った瞬間である。こうして余韻などもなく佳奈はその場を立ち去ろうとした――


「あれ……? カナさん?」

『え、ええっ? さっきの……?』


 見られたか? 記憶から消すか? などと思いつつ佳奈はバーガー店で出会った彼女のその姿を確認していた。


「反応があったので来てみたのですが……もしかして、カナさんは魔法少女ではないですか?」

『もしかしてぇ、あなたも魔法少女……かお前!」


「ひいっ!?」

「そうか、お前がそうなのか」

「あ、あ、あのぉ……?」


 当然ながら戸惑う彼女に、佳奈は自分のことも含め説明をする。佳奈としてもまさかこのような形で新たな仲間が増えるとは、思ってもみなかったであろう。


「は、はぁ……。本当にびっくりしましたよ」

「魔法少女は今私らで四人なんだ。濫で五人目になるはずだ」

「あ、あの! それなのですが……わたし実はですね」


「きゃっ!」

「ひゃあっ!」


 突風が二人を襲うと反射的にスカートを抑える。

 ひらりと濫から見慣れないものが見えた。

 見間違い? 気のせい?

 まさか、いやまさか……。


「カナさんやめてください! それはダメですって!」


 ぴらっと確認をする。

 二度見する。

 ぴらっ。

 いやまさか。

 三度見。


 ――ついている……? 

 ――――あぁ、ついている?

 ――――――あぁ!? ついていたぁ!?


 その時佳奈に衝撃が走ったのは言うまでもない。


「Oh, my gosh ...」

「カナさん、落ち着いてください。言語不覚になっています……」

「……? えっと……私、どうしたんだっけ……?」


 早乙女濫は実に男性、maleであり、誠にオス、まごうことなき日本男児そのものであった。

 もっとも獣ではないようではあるが。


「お前もしかして女として入学したとか? 制服どうみても女子のだし」

「何かの手違いでこうなってしまいました……」


「あの、なんていったっけなあいつ。ボロ雑巾はなんと言って魔法少女に?」


 佳奈の言うボロ雑巾とは彼女達を魔法少女として覚醒させた存在のことである。その所属や目的等は不明であり、何故喋る事ができるのかも謎に包まれている。

 外見は明らかに小汚いカバの人形で、そのため佳奈は初め捨てられた雑巾だと思っていた。


「ルーレイアさんのことですか? 『特に問題はない、むしろ面白くなりそう』と言っていましたね」

「あいつ分かっててやりやがった……!」


「カナさん! あの、このことですけど……。お願いします脅さないで下さい! どうかこのとおりです!」

「お前の中で私はどういうキャラなんだよ。心配しなくても言わないよ。言えない秘密くらいは誰にだってあるだろ? まあそれなりにヘビーだけどなお前の場合は」

「ありがとうございます。ではそちらの二重人格も隠しておいたほうがいいですよね?」

「私は二重人格じゃねえ……か? あーいや、でも似たようなものか……?」


 濫は佳奈を見つめながらしみじみと続ける。それはまるで母親のような優しい眼差しであった。


「カナさん、女の子らしくしていればいいのにそこが残念ですね……。『キラッ☆』とかやろうと思っててもできないですよ。普通の神経をお持ちでしたら」

「サラっとディスってんじゃねえよ! とにかくお互いに秘密にしよう。こっちは問題ないんだけど、そっちの事情は同じ魔法少女であってもな。……そうだな、言うなら私らは」

「共犯関係ですか! 秘密の共有、いいですねそれ!」

「何で急にテンション上がったの? まあとにかくよろしくな、濫」


 こうしてここに外見を取り繕う、隠し事ペアが誕生したのである。

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