Episode05 私の家?はぁ?紹介しないけど?

「ふぅ……」


 井吹佳奈いぶきかなは大変にリラックスしていた。

 近所の電気店のセールにて480円で買った扇風機を全開にし、薄着姿にて風呂桶に張った水に足を浸す。その口には本日二本目となるアズキバーを頬張り、視線はスマホゲームに向けられている。何人なんぴとたりとも入る事のできない聖域サンクチュアリは既に完成されていた。

 これが戦いからも、アルバイトからも解放された佳奈のオフの姿なのであった。


 井吹佳奈は無課金である。

 このゲーム『アンリミテッドオーダー』は課金要素のあるソーシャルゲーム。ガチャの沼へようこそ、と言われて久しいそれである。

 だが佳奈にはそこまでの経済的余裕はない。結果リセットマラソンに明け暮れ、その間「でねえよ、クソ。でねえよクソ」を繰り返し、ついにはスタートからいわゆる強キャラランキング一位のキャラクターでゲームを開始するのであった。

 無課金にはもはや必須とも言えるこの通過儀礼に、彼女は一週間もの時間を費やした。


 率直に言って、それは一週間も出ないクソであった。それは難産と言えよう。だが佳奈は決して便秘ではない事を、彼女の名誉の為にここに明言しておく。


 このゲームはジャンルで言うところのロールプレイングゲームである。簡単にではあるが、プレイヤー間での共闘要素もあり、またメッセージを送る事でコミュニケーションをとる事ができる。

 実を言うとこの要素に佳奈ははまってしまった。基本的には一人で過ごす事が多く、友人という友人も微妙なラインではあるが愛華のみ。学校やアルバイトがなければ一言も発さずに一日が終わる。そんな佳奈が、面倒臭い他人と顔をつき合わせずとも意思疎通の真似事ができるゲームにのめり込むのは無理からぬ事である。

 彼女の世界はこのゲーム内にも存在していた。


「akuni……っと。おっ、いたいた。は? またレベル上がってるし。てか10レベルもとか、こいつどんだけ暇人なんだよ! あ、メッセージきてんじゃん。『欲しがってた素材、やるよ』って。……ふふ、別にいいのに」


 これはすべて佳奈による独り言である。ただ、本人さえ楽しんでいればそれで良い。それで良いのである。


 ――ヤバイよヤバイよ~ヤバイよヤバイよ~

 この電子音は街の緊急事態を知らせる特殊な着信である。


「はぁ!?このタイミングでかよ! くそうっぜぇえええ」


 至福の時を邪魔された佳奈は、激怒した。

 必ず、かの組織を除かなければならぬと決意したかどうかは定かではないが、とにかく激しくブチ切れた。仮にオフと言えども油断はできない。瞬殺で終わらせてこの家に戻ってみせる。


 彼女はそう硬く誓い、現場へとすっ飛んで行くのであった。

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