Episode09 魔法少女には次回予告など必要ありません!

 大皿に盛られた二十個ものケーキにズームイン。


「えぇ……」

「まあ……」


 当然二人はドン引いた。


「少なく見積もって一つが二百円。二十個あるから四千円。つまり二千五百円で四千円分のケーキを食うことができる。食うだけで千五百円の利益とかこの店ヤバいだろ」


「待って、佳奈ちゃん。それ、一時間で全部食べきれるの!?」

「さすがに張り切り過ぎなのではなくて? あとで泣きついても、わたくしは知りませんわよ?」


 二人の言葉は既に井吹佳奈いぶきかなには届いてなどいない。この魔法少女は金が絡むと途端に暴走を始める。それは貧乏性、普段贅沢などをしない彼女の悲しきサガでもあった。


**


 レアチーズケーキにカスタードミルフィーユ、フルーツタルトにダージリンティー。凛果はエレガントにこの日初めての食事を楽しんでいる。

 モンブランとシフォンケーキには一切口を付けずに、愛華はある一点を凝視して涎を垂らし幸せそうな表情を浮かべる。

 いかがわしい視線には目も暮れず、黙々と食べ進める佳奈。

ケーキ達を見つめるその眼差しは、まさにフードファイターのそれであった。


「あっ、カナっ、あっ……」


 それは同じアルバイト仲間の千恵である。

 声をかけようと思ったけどそれどころじゃなさそうな雰囲気だった、と彼女は後に語る。


「楽しめてはいるようですわね。佳奈だけは思っていたバイキングとはかけ離れてますけれど」

「やっと半分……」

「佳奈ちゃん無理しなくていいよ。残ったの私、全部食べてあげるからね」


 愛華の問いかけには一切反応しない佳奈。その塩対応のごとき彼女に愛華はゾクゾクするものを感じ、密かに身をよじらせるのである。

 彼女のなんとしおらしい事だろうか、塩だけに。


 そんな各々の癒しの時間が流れている最中の事であった。不意に店内が暗くなり、そこにあった賑やかさが失われる。不審に思った凛果が外を覗くと、その両目には信じられない光景が映し出された。


「紅い……月? たしか、まだお昼前でしたのに?」

「あれ、周りの人たちがぜんぜん動いてない! どうなってるの!?」


 続けて愛華も驚きの声をあげていた。


「佳奈! 佳奈ってば!」

「何? 邪魔しないでくれる? あんまり騒いでるとしばくぞオオグソクムシ」

「もう、それおせんべいどころじゃないですわ!」


 ただならぬ凛果の様子に佳奈もようやく我に返った。そして口の周りにつけた生クリームを紙ナプキンで拭き取ると、冷静に分析を開始する。


「この状況を引き起こしてる奴がいるはずだ。そいつを潰せば何とかなる」

『どうとか、できるとでも?』

「誰だ!?」


 声のした方向へ三人の魔法少女は振り返る。


「あんたは……?」

「あたし? あたしは、魔法少女カナのファンだよ」

「は? ファンだと……?」

「さすが佳奈ちゃん、有名人だね!」

「そんなことより、これあんたの仕業? 返答によってはあの月までぶっ飛ばす」


 佳奈は窓越しに異常な色をした月を指差す。


「ふふふふ、ごめいとーう。でもいいの? ここではじめちゃっても?」


 目の前の相手はクスクスと笑う。


「落ち着きなさいな。まずはお互いに名乗るのが先でしょう? わたくしは凛果、魔法少女ですわ」

「じゃあ私も! 愛華さん、十六歳! 同じく魔法少女! よろしく!」


 二人の自己紹介を受けてワナワナと震える。


「……どうしてアタシはカナと同じ魔法少女になれないの……! こんなにもこんなにもこんなにもこんなにもカナのこと愛してる……! なのに!」

「はっ? 何いってんの馬鹿か!?」


 明らかな動揺を見せる佳奈に対して、目の前の少女は不敵な笑みを浮かべはじめる。


「ふふふふふふふ! そうだわ! そこの二人の代わりにマヒロが魔法少女になってあげる! そうすれば大好きなカナと一緒の魔法少女になれる! 二人だけの世界を守ってみせる!」

「なんだかまた可笑しな方が出てきましたわね。佳奈、あなたという人は……」

「その哀れむ様な目はやめろ……」

「えっ、またって前にも変な人出てきたの!? 何それ怖い!」


「じゃあ、そこの邪魔な二人を始末するね。いっくよ……! ふふ、ふふふふふ」

「まずい、いったん外へ出るぞ!」



 真っ紅な月に照らされたこの世界は、おぞましいほどの血の色に包まれていた。

 三人の向かい側に立つは謎の襲撃者。何もかもが未知数の相手である。


「死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえカナの隣はあたしのものだ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ」


 両手から瞬時に二つの光球を発生させると、それぞれを凛果と愛華に向けて放つ。


「わ、何かきたよ!」

「そうはさせませんわよ!」


 凛果はそういうと円状の防護シールドを愛華ごと守るように展開させる。二人を襲った光の玉はそれに遮られあえなく消滅した。


「無駄、無駄ですわ」

「凛果ちゃんすごーい!」

「ふふ、わたくしは防御魔法が得意でしてよ! 矛でもミサイルでもダイナマイトでも持って来ると良いですわ!」


 凛果は左手を口元に当てて余裕の高笑いをしている。


「ふふふふふふ。はいじゃあこれ。矛、ミサイル、ダイナマイト」


――ドドドドドドドドカーン、パリーン


 展開された防護シールドは凛果のプライドと共に粉々に破壊された。


「そ、そんなわたくしの……」

「凛果、まだ何かあるんだろ! 次の魔法だ!」

「ありませんわ」

「えっ」

「うう、どうすればわたくしはどうすれば……」


 あ、そういえばこいつは想定外の事が起こるとパニックになるんだったな。そんな凛果の唯一の弱点を佳奈は思い出していた。


「ふふ、一人脱落? じゃあ次はそこの外人みたいなやつ、いっくよ……!」

「はい残念、ハーフでした! でも日本語しかしゃべれないけどね!」


 愛華はぷるぷる震えるぎこちないウインクをしながらキメ顔で言い放つ。それは自信を覗かせるような表情。しかしながら佳奈ですら見たことがない、彼女の魔法はまさに未知数であった。


「佳奈ちゃん。見ててください、私の変身!」

「いや、変身とかそういうシステムはなかっただろ。あのボロ雑巾の説明聞いてたのか?」

「あ、そだね。じゃあ、気分だけ変身? 脱皮的に華やかに!」


 羽織ったグレーのレースジャケットを脱ぎ、佳奈の方へと放り投げると愛華はマヒロと名乗った少女の前に立ちはだかる。

 そして佳奈は飛んできたジャケットをするりとかわすと、そのまま流れるように踏みつけた。


「佳奈ちゃんは渡さない! 脇とおへそをペロペロしていいのは私だけなんだから!」

「死ねクソアマ、お前が百人束になってもダメだよ」

「ぺ、ぺ、ぺ……ペロペロ!? お、お前だけは許さない! アタシもペロする! 脇だけじゃないよ、背中とかふとももだってペロする!」

「なるほど……私たちライバルだね! 負けないよ! だったら私は、そう、お尻だ! 可愛いお尻をまんべんなく、余すところなくペロする!」


 敵同士ではあるものの、何故だかガッチリと握手を交わす二人であった。そこには敵も味方もない。といった良い表情をしている。



 そうだ、二人とも殺ろうぶっころそう



 佳奈は決意した。敵は眼前の二匹にあり。

 そして仲間であれ、間違えて巻き込んだ事にすればすべてが解決すると――


 彼女は頭上に灼熱の玉を生み出し、両手で掲げる。続いて魔力を篭めるとそれが更に大きさを増していく。その燃え盛る火炎球――大玉転がしの玉サイズにまで膨れ上がった――をブン投げる。

 球は奴等のちょうど二人の中間点を目掛け、120km/hの速度でカーブの軌道を描きながらすっ飛んでいった。


「えっ……あれ?佳奈ちゃん待って!? 私敵じゃないよ!」

「カナはあたしには手を出さない。カナはあたしには手を出さない。カナはあたしには手を出さない。カナはあたしには手を出さない。愛しているから愛されている愛しているから愛されている」


 火の玉は目標地点へと到達し辺り一帯を焼き尽くす。その周囲には、生クリームと薄紅色のリップがついた紙ナプキンが一つ落ちていた。

――こうしてすべてが終わり悪は滅びた。



あ、そういえばケーキ代どうなるんだろう?


佳奈は足早に、一切振り向きもせずにその場を立ち去るのであった。

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