Episode17 路線変更ではありませんっ!(後)

「と、言うか……」

「えぇ……」

「五人目の被害者に話を聞いた方が早かったのか。どうも犯人の顔を見ているようだし」


 失念していたと濫は思った。なぜ購買の方への聞き込みに行ってしまったのだろう。被害者への事情聴取は基本と言えるものなのに。落ち込むように肩を落とす彼女に、メンバー達は見かねて声を掛ける。


「まあ、それでも聞き込みの意味はあったと思えばいい。気を落とさないことだ」

「そうですよ。誰にだって間違いはあります」

「だね。こいつなんて、この間牛丼屋で店員さんにお母さんとか言ってて」

「あっ!? それ誰にも言うなって言っただろが!」


 口喧嘩が始まる最中、濫は気を取り直していた。そうだ、ここで落ち込んでいる場合ではない。自分にできることは真実を白日の下に晒すことであると。

 ありがとう、皆。こうして彼女は奮い立つ。取っ組み合いの喧嘩と野次馬などは捨て置いて。


 そして濫は件の五人目の話を聞きに行くべく行動を開始する。その男の名前は長谷川、一年C組であるらしい――。

 そこで彼女はハッとした。長谷川は自分と同じクラスである。これは好都合とばかりに自分の教室へと向かうことになったのである。


「長谷川? アイツならついさっき出て行ったよ。まだ帰ってないと思うから……多分あそこにいるんじゃないかな」


 彼の居場所と思しき一階の準備室へとやってくると、音を立てないようそっと扉を開ける。そのまま中へと入ると何人かが椅子に座っていた。彼女に気づいたその内の一人が声を掛ける。


「あなた、見ない顔ですね。ここをどこだか分かっていますか?」

「いいえ。あの、一つお尋ねしますが……長谷川君はここにいますか?」

「……!? あなたはまさか」

「早乙女濫、たんて……ではなく。わたしは彼が巻き込まれた事件を追う者。名乗るほどの者ではありませんよ」


 ――ビシィ

 これを一度言ってみたかった。決まったと濫は満足気ではあったが、周囲からは普通にスルーされた。

 若干の間をあけてその男は長谷川のもとへと案内をする。どうやら彼は身を隠していたようだ。机の下。わなわなと震えてはいなかったが、そのような心持ちのような男がそこには居たのである。


「あなたが長谷川くん?」

「そ、そうだけど」

「あなたが襲われた件について聞かせて欲しいのですが……」

「あぁ……」


 その男は安堵したかのような表情で語りだした。


「襲って来たのは元ファンクラブの奴なんだ。俺の他にも襲われたのがあと四人いてさ……」

「待ってください。他の方が襲われたのってまさか……購買のあたりですか?」

「ああ。俺含めて五人のファンクラブメンバーがソイツに襲撃されたんだ」

「ファンクラブですか……」


 濫はそのような物が存在している事を知らなかった。これも何か事件に関連することなのだろうか。


「で、ソイツが……こっちを抜けて新しくできたファンクラブに入ってるらしいんだよ」


 ――ガラガラガラガラッ

 勢い良く扉がスライドする。何者かの襲撃だろうか、バタバタとけたたましい足音が聞こえた。


「悪いが話は聞かせてもらった! ものがいると!」


 ものの見事に噛んでいる。そして濫はこの声の主を知っていた。


「あなたは……ひっ」

「おお、ぴこにゃんの同士」

「だから違いますって!」


 目の前に居たのは一人屋上飯おくじょうめしのあのヤバい奴であった。彼女は目を輝かせ濫を見つめている。


「会長! おかえりなさい!」

「あなたはもしかして、ファンクラブの……?」

「ふふふふふ、そうだよ。ぴこメイトも入る?」

「ぴこメイトではないですし、入りません。そもそも何ですかぴこメイトって」


 いけない、話を戻さねば。濫は目の前の状況を無視してこう続ける。


「長谷川くん。その犯人の名前は何と?」

「それはアタシも聞いておかないとね。ちょっと、長谷川!」


 促されてその男はおずおずと口を開く。

 美少女二人に迫られるのもなかなか悪くはないな、ああ襲われて良かった。正直膝カックーン! ってされただけだし? 何これ、俺役得やん? と長谷川は人知れず感慨に耽っているようにも見えた。


「中村ですよ。ほら、最近姿をくらませたやつです」

「なんと、あの中村がか……誰だか思い出せないが許せん! よし、締め上げる!」

「ちょっと、落ち着いてください。それでその方はどちらに?」

「生物室の隣の教室におそらくは。……まさかとは思うんだけど、アイツ――」

「えぇ……」



 その後はただただ地獄のような絵図が繰り広げられた。そして濫は思う。探偵の真似事などはもう二度とするまいと。


「なかむらぁ! ファンクラブを抜けただけでも極刑ものなのに、変な騒ぎまで起こした上に偽者に加入しているとは……私刑だ、私刑に処する!」


「会長、ありがとうございます!!」



 偽者のファンクラブは目立った活動をすることもなくそのまま解体され、メンバー達は正FCへと流れていった。

 余談ではあるが偽FCの元リーダー里中賢三の行方は誰にもわからないという。



「ねえぴこメ」

「み、短くなった……」

「アタシには匂いでわかる。あんたってさ、本当は……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る