Episode16 路線変更ではありませんっ!(前)

「お、お前! なんで……!?」

「悪いな、恨むなら自分か神様かぴこにゃんにしてくれ」

「ぴ……ぴこなんて? ぐはぁっ!」



 この星蘭高校ではある連続的な怪事件が起きていた。被害者は皆口を揃えてこう呟いたという。

 ――ぴこにゃん。

 その言葉が何を意味するのかはわからないが、犯人に繋がる重要な手掛かりになるのは間違いない。早速事件の話を聞きつけて何人かの生徒が集う。彼等は誰が頼んだわけでもない有志の捜査チームである。


「また被害者が増えたと……。まったくをもって許せん! 一体何が狙いなのだ!」

「単純に物取りなのではないか? 事件が起こるのが決まってあの時間、となれば……」

「そうか。あれ狙いか!」

「なるほど、その線が濃厚だな」

「じゃあそういうことで、各自気をつけよう」


 などと結論付けようと話は進んでいた。


「待ってください。本当にそれだけが理由なのでしょうか?」

「誰だ! あ、あなたは――」


 早乙女濫さおとめらんはただの推理好きである。探偵などと自称したいところではあるが、それは大袈裟すぎる上に、もし手に負えない事件が起これば確実に頼られてしまうのは明白である。よって恥をかかないであろう、一推理好きとして物申すくらいのポジションに腰を落ち着けている。

 ではあるが彼女はファンシーな小物を好む、見た目はごくごく普通の女子高生である。


「つまり他に犯行理由があるとでも?」

「いえ。あくまでも一つの可能性として、ですよ。ひとまずこれまでの事件をまとめてみましょう」


 濫は他のメンバーと近くの自習室へ入ると、早速ホワイトボードに事件の内容を書き出した。被害者は五人。いずれも男子生徒が狙われており、学年はバラバラ。犯行時刻は似通っていて十二時から十三時の間。そして――


「共通して購買で買ったと思われるパンが奪われ……」

「背後から膝をカックーン! とされて油断した隙に逃げられたということだったな」

「いやカックンンー! だろ!」

「カックンクン! な」

「そこはカックンでいいだろアホか」


 男子高生特有の実にどうでも良い小競り合いの中、一人が口を開くと場が水を打ったように静まり返る。


「やはりパン狙いなのでは?」

「うむ……」

「ですから、結論を急いではいけませんよ。ここはわたしが聞き込みをしてみます」


 それには男子生徒達もさすがだと唸った。噂どおりの探偵振りに期待をしているかのように。


「しかし、それでは濫さんが狙われる可能性もあるのでは!?」

「うむ、確かにリスクを伴う判断ではあるが……」

「大丈夫ですよ、わたしはそのような下手は打ちませんから」

「ぴこにゃんに関しては我々に調べを一任して欲しい!」

「助かります。ではお願いしますね」


 そう言ってウィンクをすると自習室を出る濫であった。



 星蘭高校購買部の昼。それは、戦争である。

 ――奪い合え、勝ち取れ、さすれば与えられん。敗者に飯を食らう資格はない。負け組は明日から慎ましく弁当でも持参するのだな、とは誰の言葉であったかはまったくを持って不明ではあるが、購買とはそれほどに熾烈極まる戦いである。

 そのバトルフィールドに濫は一人武器を持たず立っていた。誰に話を聞くべきかを彼女は見定めているのだ。


「パン事件? 何それ?」「ちょっとわからないかな」「君、かわうぃ~ね~!」


 しばらく聞き込んでみた結果は散々であった。そういえば昼をとっていなかった濫は先ほど購入したあんパンの袋を開ける。なんでもいいからと、とりあえず掴んでみただけの代物である。それを紙パックの牛乳で流し込む。さながら彼女は張り込み中の刑事のようであった。

 彼女はどこかで見覚えのある女子生徒を見かけると近づいていく。どうやら戦利品をぶら下げてご満悦の様子だ。話を聞くなら今しかないと濫は決断した。


「あの、すみません、お願いが」

「なにかな?」

「お話を聞かせてもらえないでしょうか……?」

「しょうがないなぁ。何を聞きたいの?」


 聞き込みの途中で彼女は複数の視線を感じる。どうもそれは自分にではなく話相手の女子生徒に向けられているようだ。そして人だかりは次第に輪となり自分達を取り囲んでいる。それどころかカメラのシャッター音までもが聞こえてきた。大変な人に話し掛けてしまったかもしれないと、濫はこの時になって後悔をした。


「うーん、わからないなぁ。あ、ぴこにゃんだっけぇ? 多分あのマスコットのことかなぁ? 私にはちょっと良さが理解できないけど☆」


 まるでアイドルのような神対応を見せる彼女に向けて深々とお辞儀をし、その場を立ち去る濫であった。

 その後も聞き込みを続け、結果としては鳴かず飛ばずではあったものの、ぴこにゃんに関しては思わぬ情報が入ったと言っても良い。

 昼休憩も終わりが近くなっていたこともあり、彼女も今日のところは引き上げることにした。



 ――そして翌日。

 昼休みに屋上に一人でいるという謎の女子生徒の噂を聞きつけ濫は現場へとやってきたのである。直接的には関係はないかもしれないものの、今は藁でも掴みたい。そういった思いが恐らくは彼女の足を屋上にまで向かわせた。


「あ、こんにちは」

「……? 誰あなた?」

「怪しい者ではありません。ご存知ですか? こういった事件が今校内で――」


 屋上にいたその女子生徒も購買で買ったパンを食べていた。これは何かの共通点なのかどうか見極めたいところではあったものの、聞くところによると彼女は何も知らないようだった。そしてそれ以前に思っていた疑問をぶつけてみる濫。


「どうして一人でここに?」

「友達がいないから」

「あっ……。ごめんなさい……」

「ふふふふふ、アタシにはそんなものは必要ないの。だって……ふふ、魂で繋がった心友がいるもの」


 どうやら途中から会話の体を成していないようだ。そして何よりも虚空を見つめているような目が怖い。


「あ、あの! あと一つだけ。ぴこにゃんと言う物を知っていますか?」

「……ぴこにゃん? これのこと?」


 彼女が差し出したポーチでは、如何とも形容しがたいキャラクターがでかでかとその存在を主張していた。


「それはぴこにゃんと言うのですか?」

「そうだけど? ……っ! もしかして、気にいったの!」


 「違います!」と一言だけ叫ぶと超ダッシュをして屋上を後にした濫。

 その後、捜査メンバーと合流すると犯人にはぴこにゃんに異常な執着があるということが判明する。

 そして、もう一つ核心に迫る新事実も明らかになる――

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