Extra edition01

 満月の浮かぶ空。闇の中で何かが蠢く。それは獲物を探していたに違いない。その闇のような影は次第に満月さえも覆い尽くしていく。

 真っ黒な夜。それは支配されたとばり。人々の姿はすでに見えない、それは悪夢と呼ぶに相応しい光景。

 この闇の世界におよそ似つかわしくない者が一人。どこかから迷い込んだのか、制服に身に纏い、足元のローファーで地面にコツコツとリズムを取るように軽快に颯爽と歩く。肩まで伸びた栗色のツインテールが、揺れる赤リボンが、微かに光る口元のルージュまでもがこの闇夜にはとても良く似合っていた。


 その影は彼女を間違いなく捉えたのだろう。餌の時間。刹那その姿を変えると彼女目掛けて一直線に飛んでゆく。そのまま首元へ喰らいつくと一気に全身へと闇が這い回る。だがその彼女の姿はすでに消えていた。それは影にもすぐに分かった。いつもの感触がなかったからだ。

 影は再度姿を変えて彷徨い動き出そうとした。


「それはフェイクだから。残念でした!」


 その背後からの声はまったくの予想外だった。何故ならこの一帯にはすでに人などは居ない。気配を感じ取り、振り向いたその先に喰ったばかりのはずの少女が立っている事だけを除いては。


「オマエ、ナゼ……!」

「喋れるんだ。へぇ、それは知らなかったな」

「ナニモノダ……! オマエ、ナゼ……!」

「あはは、知能はそこまで高くはないみたいだね。さて時間もないし、それじゃ始めますか」


 彼女は笑うとポケットから小さな端末を取り出した。その画面に何かを打ち込むとそのまま天高く掲げる。黒い狼のような獣が突如体を成し、閉じた月に向かって大きく吼えた。


「フェンリル、行って!」


 その声を合図に狼は影へと駆けていく。勢いのみを纏った素早い体当たりは影を寸分違わず捉え、それと共に転がるようにしてそのままフェンスへと激突した。

 たまらず姿を大きく変えてフェンリルへ覆い被さろうとするものの、機敏な動きを有する獣に対してそれはまったく無意味なことだった。それどころか、体を当てられる度に長い爪が影の体を引き裂いていく。実体のない体に届く攻撃、それはただの獣ではない。

 その獣を捨て置き、影は見るからに弱々しい女に標的を変えて襲い掛かった。

 彼女の周囲には光の帯が走っている。それは幾重にも連なり燦々さんさんと輝いた。まるでこの闇の世界を照らさんとしているかのように。

 その間にも襲い来る影ではあったが、彼女が指をパチンと鳴らすと光帯はあっという間に影へと到達し、その姿を一瞬で消し飛ばした。そして、狼の姿はというと既にそこにはなかった。



「だから、フェイクだって言ってるのに」



 すべてが終わった後、そう呟くと彼女はどこかへと去っていった。コツコツと遠ざかる音と共に。



***



「まったく、つまんねー映画だったな」

「私は良かったと思うよ。横顔ずっと見られたし」

「別の楽しみ方してんじゃねぇよ」

「それじゃ、いつものとこ寄るよね? ちょっと相談があってね……」

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