うそカノ

 躊躇したりしないで、もっと積極的に動いた方が良い。ツンケンした物言いなんてしなくて、素直になって、場合によっては告白も……いや、それはいくらなんでも話が飛躍すぎか?


 そもそもアタシは今まで、恋だの愛だのに興味ないってスタンスを貫いてきた。それなのにいきなり、実はユメのことが好きだったなんて言ったら、いったいどんな反応をされるだろう?


「……ハナ……ハナ」


 もしかしたら今の関係が崩れてしまうかもしれない。それも嫌だ。ああ、でもこのまま何もしないでいたら、あの年増女……もとい先輩にユメを盗られちゃうかも。ララも素直になった方が良いって言ってたし……


「ハナ!」

「うわっ!」


 急に名前を呼ばれて、ビックリして声を上げた。横を見るとそこには、アタシを覗き込むユメの姿がある。


「なに?」

「数学のノートの回収に来た。あと出してないの、ハナだけだよ」


 そうだった。さっきの授業の最後、先生が集めるって言ってたっけ。そしてユメは、その係りだった。

 どうしよう、実は授業なんて上の空で、あんまりノートとれてないんだよね。とはいえ提出しないわけにもいかず、渋々ノートを差し出す。


「ありがとう。ところで、何かあったの?考え事してたみたいだったけど」

「別に何でもないけど……気になる?」

「うん。いつもバカみたいに元気のいいハナが悩むなんて、珍しいもの」

「何みたいって?」


 一言多い!決してユメは悪気があってこんなことを言っている訳ではないだろうけど、よりによってアンタが言うか?


「まったく、いったい誰のせいで悩んでると思ってるの?」

「えっ?もしかして、俺のせいなの?」


 しまった、今度はアタシが一言多かった。だけど気づいたときにはもう遅い。


「俺、何か気にさわるようなことした?さっきバカみたいにって言ったのは悪かったけど」

「別にユメのせいって訳じゃないから!」


 そう。これはユメのせいじゃなく、アタシのせい。素直になりたいって思っている今でさえ、ついつい当たりがキツくなってしまっている。こんな言い方をして、ユメはどう思うだろう?


「……わかった。ごめん、変に首突っ込もうとして。けど本当に困っていたら、俺でよければ相談に乗るから」

「う、うん……」


 幸い、怒った様子はない。ユメは昔から、怒ることなんてほとんど無いからなあ。けどそんな所に甘えてしまっている自分を、少し情けなく思う。


「そういえば、ユメの方こそ困ったこととかないの?昨日店に来ていた先輩と、さっき話しているのを見たけど。また何かちょっかいかけられたりしてない?」

「ああ、見てたんだ。大丈夫、仕事中でなければ問題無いし。話してみるといい人だったよ」

「そう……」


 それはどういった意味でのいい人なのだろう?ただの社交辞令なのか、そうでは無いのか。聞いてみたいけど、聞くのが怖い。


「じゃあ俺はノートを運ばなきゃだけど、本当に何かあったら相談してね。ハナには昨日、助けられたしさ」

「……うん、そうする」


 こんな返事をしたけど、この悩みはユメにだけは絶対に相談できないものだ。話すとしたら、それは告白する時ってことかな?そんなのいつになるかわからないけど。

 立ち去るユメの背中を見ながら、アタシは溜め息をつく。


 その後も授業は続いたけど、やっぱり身が入らなくて、気がつけば放課後。

 少し教室に残ってララと話をしたけど、またしても「素直になれ」って言われてしまった。アタシってそんなに素直じゃないのかな? 自分じゃよくわからないや。


 ララと別れた後、学校を出て帰路につく。

 ユメは今日もバイトかな?最近放課後はいつもバイトしてるみたいだし。そんなことを考えながら歩いていたけど……どうやら違っていたみたい。


 道の先に、ユメの姿を見つけた。昨日一日シフトを入れていたから、今日は休みなのかも。

 普通ならここで声をかけるところだけど、生憎それはできなかった。何故ならユメの隣には、あの先輩の姿があったから。


 何で二人でいるの?まさか、一緒に帰ってるってこと!?

 昨日あったばかりなのに。あの先輩、どれだけ手が早いんだ?だけど相手はユメ、そう簡単には落とせないはず。いや、でもユメ、先輩のことをいい人だって言っていたし……


 道の途中で立ち止まり、何やら喋っている二人。いったい何を話しているの?気になる。

 アタシはこっそりと二人に近づき、電柱の影に隠れて耳を済ます。すると、とんでもない話が聞こえてきた。


「だからさあ、アタシと付き合ってよ。夏目君も、アタシのこと嫌いじゃないでしょ?」


 なっ!?


 思わず声を上げそうになるのを、慌てて飲み込む。何を言い出すんだあの人は?


「先輩、気持ちは嬉しいですけど、お客様と付き合う訳には……」

「お客じゃなくて、先輩後輩でしょ。それなら問題なくない?」

「それでも……」


 グイグイ攻めてくる先輩に、ユメは困惑ぎみ。

 どうする?このまま黙っていたら、二人が本当に付き合っちゃうかも。そんなのダメ!


 次の瞬間、考えるよりも先に体が動いていた。走り出したアタシは、勢いよく二人の間に割って入る。


「やめてください!」

「えっ、ハナ?」

「ちょっと、何よアンタ?」


 二人とも、突然現れたアタシに驚いた様子。特に先輩は、いいところを邪魔されてカチンときたのか、鋭い目付きでアタシを睨む。


「今大事な話をしてるんだけど、邪魔しないでくれる?」

「そ、そういうわけにはいきません!」


 怒った先輩は怖かったけど、ここで引くわけにはいかない。ユメを守るように前に立ち、先輩と対峙する。


「ユメが迷惑してます!そんなことも分からないんですか?」

「はあ?アンタには関係無いでしょ。引っ込んでてよ」

「あ、あります!だって……」


 アタシはユメの腕に自分の腕を絡めて、グイッとこっちに引っ張った。そして……


「アタシは、ユメの彼女ですから!」


 ……深く考えたわけではない。どうしてこんなことを言ってしまったのか、自分でも分からないのだ。でも気がついた時には、もう口から出ちゃっていた。


「……えっ?」


 驚いた表情のユメ。やってしまったと思うけど、今更後には引けない。こうなったら全力で、嘘の彼女を演じてやる!

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