別冊ハナとユメ 3

 ララからチケットをもらってから、次の日曜日。私は数年ぶりとなる遊園地を訪れていた。


 肩からは水色のジャケットを羽織り、ベージュのハーフパンツという今日のコーディは、昨夜洋服ダンスをひっくり返して選んだもの。その時大いに悩ませたその頭には、可愛らしいヘアゴムが着けられて、サイドに髪を結っている。

 ちなみにこのヘアゴムは、去年の誕生日にユメがくれたもの。こんな可愛らしい物は似合わないと思って滅多に着けることはないけど、今日くらいはね。

 そんなわけで普段はしないオシャレをして、気合は十分。そしてそんな私の隣には……


「あれ?入場ゲートって、こんなに小さかったっけ?前来た時は、もっと大きかった気がするんだけどなあ」


 着いたとたん、そんなことを口にしているのは勿論ユメ。首を傾げるその姿に、私は思わず笑みを零す。


「私達が大きくなったんだよ。ユメ、昔はすっごく小さかったもんね。クラスでも、背が低い順から数えたらすぐに名前が上がってたし」

「それは言わない約束でしょ……今はもう伸びたんだから」


 ちょっとムクレ顔になってしまったけど、そこが可愛く思える。

 小学校の頃は背が低かったユメだけど、中学の途中から急に伸びてきて。いつの間にか私の身長なんてとっくに追い越していた。そのせいで女子人気が出てしまったのは痛かったけど、今なら私の彼氏はこんなに格好良いんだぞって自慢できる。あ、勿論背が伸びる前だって、ユメは良い所を沢山持っていたけどね。


「遊園地なんて、小学生の時以来だねー」


 久しぶりの遊園地、というか初めてのデートに浮かれて、ついつい声が弾んでしまう。しかしユメの方はと言うと。


「うん、そうだね」


 何故だかテンションが低い。

 どうして?ひょっとして、遊園地になんて来たくなかった?もしかして今日の事を楽しみにしてたのは私だけで、ユメは迷惑してたのかなあ?

 嫌な考えが次々と頭を過り、不安ばかりが募っていく。


「あ、あのさユメ」

「何?」

「もしかして、誘って迷惑だった?休みの日くらい、ゆっくりしたかったとか思ってない?」


 だったら無理して付き合う事はない。ちょっと残念だけど、今からでも帰ろう。そう思ったけど、ユメは慌てたように言う。


「違うよ、迷惑だなんて思ってない。ただ……」

「ただ?」

「最初のデートなんだから、できれば俺から誘いたかったなあって……」


 照れたように視線を合わせようとしないユメ。

 え、そんな風に考えてたの?そういえば最初、遊園地のチケットをもらった事を伝えた時も、少し元気がなかったような……あれって、自分から誘いたかったからなんだ。


「ごめん。でも、前にも誘いはしたんだから、それで良いって事には……」

「あの時はハナに断られたんだけどね」


 う、心の傷が痛む。どうやらララの言っていた通り、私は気の使い方を間違えていたようだ。よかれと思ってやったはずなのに、ユメの気持ちを蔑ろにしてしまっていた。


「ごめん。実はあの時、ユメはバイトで疲れてるだろうって思って。ちょっとは休ませてあげたいなって思って断ったの」

「そんな理由で?あのさあハナ~」


 呆れたようにため息をつくユメ。やっぱり、呆れられたよね。


「休みたいなんて思ってたら、最初から誘ったりしないって。俺はハナと一緒にいたかったのに」


 だからごめんって。『ハナと一緒にいたかった』という言葉にドキッとしちゃったけど、やっぱり申し訳なく思う。だけどユメは気を取り直したように、顔を上げる。


「まあいいか、ハナだしね。残念ではあったけど、俺の為に言ってくれたのなら、嬉しいよ」


 そんな笑顔を見て、再び心臓が弾ける。ユメって、こんなに甘い言葉をバンバン言う奴だったっけ?

 長年近くにいたはずなのに、付き合い出してからのユメはどこか、私の知っているユメと違う気がする。


「それじゃあ行こうか。ぐずぐずしてたら、あんまり回れないしね」

「う、うん。そうだね」


 そう返事をしたとたん、不意に手を引っ張られる。


「ちょっ、ユメ⁉」

「何?」

「何って……」


 急に手を繋いで来るものだからビックリしたんだよ。そりゃ昔はよくこうして繋いでたし、今は付き合っているんだからおかしなことはないんだけど。でもやっぱりいきなりは驚くんだけどな……


「どうしたの?ひょっとして、手を繋がれるのは嫌だった?」


 マズイ、機嫌を損ねちゃった?いや、何故かユメは、にこやかに笑ったままだ。これは……


「ユメ、あんたわかってて遊んでるね。そうなんでしょ?」

「さあ、いったい何のこと?」


 分からないといった風に首を傾げているけど、絶対に確信犯だ。もしかして、この前誘いを断った事に対するささやかな仕返しのつもりだろうか?

 だとしたら無下にはできないし、私としても、このまま手を繋いでいたい気もちょっとある。あくまで、ちょっとだからね。


「あ、そういえば言い忘れてた」

「今度は何?」

「そのヘアゴム、つけてくれたんだ。ありがとう、可愛いよ」

「―—————ッ!」


 不意打ちの可愛いに、顔を直視できなくなり視線を逸らす。けど、手を握られているので逃げ出すことはできない。まさか逃がさないよう準備を整えてから褒めたんじゃないでしょうね?

 結局手を離すことは出来なくて、私達はそのまま入場ゲートへと進んで行くのだった。

 何だか入る前からすごく、疲れた気がする。

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