咲かない花、叶えたい夢
無月弟(無月蒼)
恋だの愛だの
あれは夏の真っ昼間。
当時まだ小学生だったアタシは、自宅の縁側に座りながら、漫画を読んでいた。
庭からは心地いい風が吹いていて、扇風機やエアコンがなくても十分涼しい。
そもそもアタシは、扇風機はまだしも、エアコンの風がどうも苦手だ。そんな物が無くったって、夏は過ごせる。なんて考えていると。
「ねえ。ハナは、好きな奴っているの?」
「はあっ?」
何の脈絡もなく飛び込んできたこの言葉に、ビックリして手にしていた漫画を落としてしまったけど、そんなの気にしてる場合じゃない。
ドキドキしながら隣に目を向けると、アタシと同じように漫画を読んでいるユメの姿があった。
コイツの名前は
ユメは家が近いから、しょっちゅうウチに遊びに来ていて。特に夏休みに入ってからは、自分の家にいるよりアタシの家にいる方が多いのではと思うくらい。
別にいいんだけどね。ユメの家は両親共働きで、昼間家に一人ってのも可哀想だし。
おっと、そんなことよりも大事なのは、さっきユメが言っていたことだ。好きな奴がいるかなんて、よりによってアンタが聞くか?
「いきなりを言い出すのさ?」
「コレを読んでいたらちょっと気になって。女子って誰が好きかとかよく話してるし、ハナはどうなんだろうって思って」
そう言ってユメはさっきまで読んでいたアタシの愛読書、女の子向けの漫画雑誌を差し出してくる。ああ、確かにコレには胸キュンな恋の話がたくさん載ってるわね。けど。
「別にいないかな。アタシはそう言うのには縁無いし」
「ふうん……」
自分から聞いてきたくせに、なんだか興味のなさそうな返事。ムッとしたアタシは、ちょっと意地悪を言ってやる。
「何よ?ユメはそう言う、恋だの愛だのに興味あるの?うわー、乙女チックー」
「別にいいだろ。興味があるというか、ちょっと気になることがあって。夏休みに入る前、クラスの子から好きだって言われて……」
「はあっ?」
何よそれ?聞いてないよ!
「そ、それで、何て返事したの⁉」
「何てって。普通にありがとう、って」
「ありがとう?」
「好きって言われたから、ありがとうって返事した。何か間違ってる気はしたけど、どう返していいかわからなくて。付き合ってって言われたわけでも無いし」
確かに。ただ好きだとだけ言われても、それだけでは返事に困っちゃうかも。もしも付き合ってって言われたら、もっと困るかもしれないけど。
付き合うがどう言うことなのかなんて、まだよくわからないし。
「それで、その子とはどうなったの?」
「別にどうも。終業式の日にまたねって挨拶して、それから会ってないし」
「ふ、ふう~ん」
この様子だと、ユメがその子の事を好きってわけでは無いのだろう。ホッと息をついて、胸をなでおろす。それにしても、ユメを好きな女の子かあ。
ユメは雰囲気が独特で、取っ付きにくいっていう子もいるけど、悪い奴じゃない。加えて最近背も延びてきて、徐々に女子人気が上がってきてることは知っていたけど、まさか告白されてたなんて。
どうかその子のユメへの気持ちが、夏休みの間に冷めますように。
そんなことを祈っていると、ユメがじっとアタシを見てくる。
「何よ?」
「気になってるのかなって思って」
「そんなわけ無いでしょ。恋だの愛だのは、アタシの専門外なの」
「ふうん」
済ました顔のユメ。どうやら、アタシの嘘には気づいていない様子。
本当は、恋にも愛にも興味がある。というか、一番興味があるのは、すぐ隣にいるユメなんだけどね。
おかしいよね。最初はそうでもなかったはずなのに、気がつけばユメのことを目で追うようになってて。いつの間にか好きになってて……
だけどアタシは、変なところで意地っ張りで、絶対にそれを認めようとはしなかった。少なくとも、ユメの前では。
後に思う。あの時もう少し素直になっていたら、何かが変わっていたんじゃないかって。
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