花ざかりの君たちへ

「バイトして、何か欲しい物でもあるの?」

「教習所に通いたい。16歳になったから、バイクの免許とろうと思って。あと、バイクを買う金も稼ぎたい」


 これも初耳だ。ユメがバイクに興味があるというのは知っていたけど、免許をとるつもりなのか。

 昔はユメのことなら何でもわかってたのに、最近では知らないことばかり。別にそれが悪いってことは無いのだけど、何でも話してくれなくなったことは、やはり寂し……


「どうした、浮かない顔をして?まあ大方、夏目くんと距離ができたと思って沈んでいる、とかかな?」

「――ッ!」


 まるで心を読まれたような、ララのピンポイントな指摘を受けて、思わず絶句する。

 ちょっと、思ったからって、何で今言っちゃうの?ユメに変に思われたらどうするのさ!


「別に!ユメが何しようと、アタシには関係無いし!」


 と言いつつ、様子はしっかりうかがう。ユメは一瞬、寂しそうな顔をしたように見えたけど、すぐに笑顔を作る。


「だよね、だってハナだし」


 違う、違うから!本当はこんなことを言いたい訳じゃないのに、ユメを前にすると素直になれない。


「そういえば、バイトって何をするの?コンビニ?」

「いや、コンビニじゃなくて……」


 ユメは続けて言おうとしたけれど、何かに気づいたように言葉を止めた。


「やっぱり言うの止めた。言ったらハナ、絶対冷やかしに来るでしょ」

「はあっ?行かないわよ!」


 と言いつつ、内心ギクリとした。さっきまでは本当にそんな気はなかったのだけど……行っちゃうんだろうな、きっと。

 ユメは嫌がるかもしれないけど、働いてる姿は見てみたい。激しく突っぱねちゃったけど、可愛くお願いしたら教えてくれるかな?でもなあ……

 そんなことを考えていると、不意にユメを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、夏目ーっ!」

「あ、呼んでる。ごめん、俺先行くから」

「う、うん」


 ユメは行ってしまい、素直になれなかった自分を呪うアタシ。するとララが、ポンと肩に手をおいた。


「まあ、元気出せ」

「そう言われても……今ので嫌われたりしてないかな?」

「バカなことを。あれで嫌われるくらいなら、君達の縁はとっくに切れているさ。今まで君がとってきた態度を思い出してみろ」

「それって、フォローのつもり?」


 かえって落ち込んだよ。

 実はララは、アタシがユメのことを好きだってことをバッチリ知っている。さっきの探るような会話も、全てを理解した上でわざと道化を演じていただけだ。なぜわざわざそんな風にするのかって?趣味だって言ってた。


「ところでハナ。私が思うに、ツンデレが重宝されるのはお話の中だけで、現実では百害あって一利無しだと考えている」

「……どういうこと?」

「考えてもみろ。普段自分に対して当たりがキツい奴が、実は自分のことを好きだなんて普通は思わない」


 確かに。それで気づくことは無いかも。もし気づくとしたら『コイツ、ツンケンした態度をとってるけど、本当は俺のことが好きなんだろ。可愛いやつめ』なんて思っている、一歩間違えれば自意識過剰ともとれる奴くらいかな?


「つまりはだ。君はもう少し素直になれ。いいか、君も彼も高校生なんだ。花盛りな年頃だぞ。そんな時期にくすぶっていては、今後一生君の想いは彼には届かないんじゃないのか?」

「それは……」


 そうかも。

 運良く小中高が一緒だけど、この先もそうとは限らない。今はクラスも違うし、接点なんてふとしたきっかけで、すぐになくなってしまってもおかしくないのだ。


「君だけの問題じゃない。気付いているだろうけど、彼は結構女子人気が高いんだ。放っておいたら、ほかの子に盗られてしまうかもしれない。分かっているな?」

「……うん」


 ユメが誰かと付き合う所なんて想像できないけど……いや、想像したくないだけだ。大好きな夢がどこの誰とも分からない女の彼氏になるだなんて、そんなのは嫌だ。


「まあ元気を出せ。君がその気なら、私も協力するのはやぶさかでは無い」

「協力って?」

「そうだな、例えば……」


 ララは少し考えた後、ニッと笑う。


「夏目くんがどこでバイトしているか、探ってあげようか?見たいのだろう、彼のバイト姿?」

「――ッ。お願いします、ララ様!」


 アタシはララの手を、がっしりと掴むのだった。

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