幸せ喫茶三丁目
今日は日曜日で、学校はお休み。アタシは一人、三丁目にある喫茶店に来ていた。
喫茶店といっても、数年前にリニューアルされていて、白泉高校の生徒の間でも評判のよい、オシャレなカフェとなっている。
アタシは今日初めてここを訪れた訳だけど、何もお茶が目当てと言うわけではない。アタシのお目当てはというと。
「……ご注文をどうぞ」
げんなりした顔で注文を聞いてきたのはユメ。そう、こここそがユメのバイト先なのである。
ここで働いていること、今日シフトを入れてることを、ララが調べて教えてくれたのだ。ララ、ありがとう!
「くっ……ははっ、ご注文をどうぞ、だってさー」
「そんなに笑うなよ」
「だってー、全然ユメらしくないもの」
「うるさいなあ。自分でもわかってるよ。だから知られたくなかったのに」
恥ずかしそうにそっぽ向くユメ。本当は、似合ってない訳じゃ無いんだけどね。
ギャルソン服に身を包んだユメはいつもと雰囲気が違っていて、最初見た時はドキリとしてしまった。格好いいなあ、ユメ。
「……ハナ……ハナ!」
「えっ?な、なに?」
「何って、注文」
あ、そうだった。ついユメに見とれて、忘れちゃってたよ。
アタシはカフェオレを注文すると、ユメは「かしこまりました」と言って一礼をする。アタシはたったこれだけのものを見に、ここまで足を運んだのだ。でも、満足。
程なくして、ユメがカフェオレを運んでくる。それに口をつけながら改めて思ったけど、ユメは本当に格好良くなった。昔はアタシの方が背が高かったのに、今はもう追い越されているし。
一人で成長して、なんだかズルい。まあいいけどね、格好良い分には。
しかし、アタシは当たり前の事に気づいていなかった。アタシが格好良いと思ったように、他の女子だって今のユメを見たら格好良いって思うのだ。
カフェオレを飲んでいる途中で、近くの席から声が聞こえてきた。
「お兄さん格好良いね。バイト?」
何となく目をやって、固まった。なんと注文を取りに行ったユメが、女性客に色々質問をされていたのだ。
「高校生でしょ。学校はどこなの?」
髪を脱色させてピアスをつけたその人は美人で、たぶんアタシよりちょっと年上だと思われる。
「ええっ、白泉高校なの?一緒じゃん。君みたいなイケメンの後輩がいたんだー」
とても元気があると言うか、馴れ馴れしい人で……ああっ、もう!いつまで話してるのっ!さっさと注文なさいよ!
「ねえねえ、番号交換しない?」
番号交換だーっ!?ここをホストクラブと勘違いしてないかな!?ユメもユメだ。いくら綺麗な人に気に入られたからって、あんなにデレデレして……
「すみません。そういう行為は禁止となっているんです」
……ゴメン、デレデレなんてしてないや。それどころか、困っている様子だ。よーし、ここはアタシが……
「店員さーん!ちょっといいですかー!」
大きな声を出すと、即座にユメが反応する。女性客に会釈をし、すぐにこちらへと近づいてきた。
「お待たせしました」
あくまで定員としての対応。だけどその表情は、どこかほっとした様子。
「災難だったね。面倒そうな人に絡まれて。それとも、余計なことしちゃった?」
「いや、助かったよ」
安堵の溜め息をつくユメ。新米バイトとしては、ああいったお客さんの対応はまだ難しいみたいだ。
さて、こうして呼んだからには、なにか注文した方がいいのかな?メニューに目を通すと、ケーキセットが飛び込んできた。美味しそう、だけどちょっと高いかも。今そんなにお金無いしなあ……
「何?もしかしてその、ケーキセットがほしいの?」
「うん。でもお財布がねえ」
「だったら、俺が奢るよ」
「えっ?」
でも、ユメだってお金貯めてる最中なんでしょ。そう指摘したけど、ユメはニッコリと笑う。
「さっき助けてもらったお礼。心配しなくても、これくらいなら何てこと無いよ」
そう言ってアタシが何か言う前に、勝手にオーダーをとって行ってしまった。
どのケーキにするかも言っていなかったのに、後で運ばれてきたのは、食べたかったチーズケーキ。さすがユメ、アタシの好みをよくわかってる。
「ありがとう、ユメ」
「どういたしまして」
笑顔を作るユメ。これははたして、営業スマイルだろうか?そうにしろ違うにしろ、アタシをドキッとさせたことには違いない。ユメの笑った顔なんて何度も見てきたはずなのに、格好がいつもと違うだけで受ける印象も変わるから不思議だ。
その後チーズケーキを頬張りながら、忙しく動き回るユメを見ていたけど、特にトラブルはなかった。
ケーキセットの代金を除いてもらった会計を済ませて、アタシは店を出る。
ユメのギャルソン姿を堪能できて、ケーキまでご馳走してもらって、今日はとても幸せだったなあ。
そして改めて思った。やっぱり、ユメが好きだなあ、って。
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