片恋トライアングル

 ユメのバイトの様子を見に行った日の翌日。アタシは廊下を歩きながら、ララに昨日あったことを報告していた。


「ほう。すると君は、愛しの夏目君のギャルソン姿を堪能しただけでなく、ケーキまでごちそうになったと言うわけか。リア充め」

「そんなんじゃないって。ケーキを奢ってくれたのはただのお礼のつもりで、他意は無いから」

「その割には、顔がずいぶんとにやけているぞ」

「え、嘘?」


 慌てて表情を整える。でも、昨日のユメは格好良かったなあ。ああ、思い出すとまたにやけてきた。


「ところでハナ、いい気分に浸っているところ悪いんだが」

「何?」

「そんな君に凶報だ。あれを見ろ、廊下の向こうで美人の女生徒と話をしている彼は、もしかして夏目君ではないのか?」

「えっ?」


 にやけていた顔が即座に凍り付く。目を凝らすと確かに、ユメが女子と何やら話している姿が見える。って、相手の女って。


「ああー。あの人昨日、喫茶店で夢にしつこく絡んできた人だー」


 そう言えば、あの人も白泉高校って言ってたっけ。ネクタイの色を見ると、三年生であることが分かる。あの年増女、昨日の今日で、懲りずにユメにチョッカイをかけに来たのかー!


「ほう、あの人が例の?あんな美人に気に入られるだなんて、夏目君もやるではないか」

「感心してる場合?何なのあの人。きっと昨日は仕事中だったけど、今日は良いよねって思って声をかけてきたんだよ。ちょっと邪魔してくる」


 きっとユメも迷惑しているだろう。しかし駆けだそうとするアタシの腕を、ララはグイッと掴んだ。


「待てハナ。そいつはダメだ」

「何でよ?」

「考えてもみろ。昨日は彼が仕事中だったから、邪魔にならないよう助け舟を出したで話は分かる。だけど今は、普通にお喋りをしているだけだ」

「でもー」

「目障りだからという理由で話をしているところに割って入って邪魔をする。それは漫画で言う所の、悪役がする行為だ。違うか?」

「それは……」


 確かに二人の会話を、私が邪魔する権利なんて無い。けど、これじゃあやっぱりモヤモヤしちゃうよ。

 いったい何を話してるんだろう?あ、ユメが今笑った……ように見えた。ダメだ、ここからじゃ遠目すぎて分からない。


「あの先輩、本気でユメのことを狙っているのかなあ?ま、まあユメのことだし、言い寄られたからって、ころっと落ちることは無いだろうけど」

「そうだな。でも何もしないでいる君よりは、よほど可能性がある」

「うっ!」


 ララ、一体どうしてそういうことを言うの?アタシの敵なの、味方なの?


「そう怖い顔をするな。私は客観的な事実を言ったまでだ。君もあの先輩も、共に夏目君に片想い。三角関係の出来上がりと言うわけだが、それだと積極的に動いた方が良いに決まっている」

「あ、アタシの方が付き合い長いよ。十年だよ十年!」

「そう。十年もあったのに、その間君は何もしなかったと言うわけだ」


 グサッ!まるでナイフで刺されたような鋭い痛みが、胸を襲う。どうやらララは敵だったらしい。膝をついて崩れ落ちそうになるのを何とか踏みとどまりながら、怨めし気に彼女を見る。


「いいか、幼馴染なんて何のプラスにもならない。付き合いが長いのは、何も良い事ばかりじゃない。一緒にいる時間が長すぎて、恋愛対象にならないという事もある。ある研究結果では、幼少期を共に過ごしたオスとメスのゴリラは生殖行動をとらないと……」

「ストップ!その話長くなるよね。要は過ごした時間の上に胡坐をかいていると、あっという間に盗られちゃうって言いたいんだよね⁉」

「そう言う事だ。分かってるじゃないか。それじゃあ君が次に、何をするべきかも分かるな?」


 何をすべきか。そんなの……どうすれば良いんだろう?

 素直に夢に好きだって言えばいいの?でも今まで、散々恋愛に興味ありませんって態度をとってきたのに、今更そんなの恥ずかしすぎるよ。絶対に呆れられちゃう。

 すると悩むアタシを見たららはため息をつく。


「いい加減意地を張るのは止めないか。夏目君をあの先輩に盗られても良いのか?」


 再び視線をユメに戻すと、話が終わったのか、先輩が立ち去る所だった。ホッとしたけど、ユメがさよならと言わんばかりに手を振っているのが気になる。もしかして、仲良くなっちゃったのかな?


 今までユメの一番近くにいたのはアタシだった。でも、これからは?

 考えると、胸がチクリと痛む。ララの言う通り、意地を張ってもいいことなんて無い。もっと素直にならないと。だけど素直になったアタシを、果たしてユメは受け入れてくれるだろうか?

 何をすべきか分かっているのに、その事が不安で仕方が無かった……

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