彼女になる日

 ……言ってしまった。


 本当の彼女になっちゃダメかなと、ハッキリ口に出してしまった。

 反応が怖い。でも目を逸らしたくなるのを我慢して恐る恐る様子を伺うと、ユメは驚いたような顔で立ちつくしている。やっぱり、急にこんな事を言っても迷惑だよね?


「あ、あのさハナ……」

「ああ――っ、ゴメン!い、今の無し!」


 かすかに開いたユメの口に手を押し当てながら、さっきの発言を無かった事にしようとする。この期に及んで何をやっているんだと思われるかもしれないけど、アタシのハートは脆くて繊細なのだ。もしごめんなさいなんて言われたら、その瞬間粉々になってしまうだろう。


「ごめん、変なこと言った。忘れて!それよりも、ユメも何か話があったんだよね?何なの?」


 かなり無理やり話の流れを変える。当然ユメは戸惑った様子だけど、今だけは見逃して。


「……ええと。それじゃあ、今度は俺の話をすればいいの?」

「是非っ!」

「じゃあ言うけど……ハナ」

「何?」

「フリじゃなくて、本当の彼氏になっちゃダメかな?」


 ギャ―――ッ!


 何なのユメ?忘れてって言ったのに、何でオウム返しをしてくるのさ?本当の彼氏って……って、あれ?

 アタシは確か、『本当の彼女になっちゃダメかな』と言った。でもユメが言ったのは「本当の彼氏になっちゃダメかな」。彼女では無く、彼氏。それって……


「ビックリしたよ。まさかハナが、俺と同じような事を言うだなんて思わなかった」


 同じようなこと?それって、どういう……


「好きだよ、ハナ。恋愛的な意味で」

「――――――ッ!」


 何?これは夢か何か?ユメだけに。

 だけど試しに頬を引っ張ってみても、痛いばかりで醒める気配はない。って事は、本当にアタシの事が好きなの?あのユメが?


「す、す、好きってアタシを⁉い、い、いったいいつから?」


 呂律の回らない声で、必死に問いただす。するとユメはクスリと笑いながら答える。



「小学校の頃からかな。本当はずっと、好きだって言いたかった。だけどハナ、恋愛には興味が無かったから、こんな事を言ったら迷惑かなって思って、言い出せなかった」


 ふと脳裏に、いつかの夏休みのワンシーンがよみがえる。ユメは恋愛漫画を読みながら、こう言うのに興味はないのかって聞いてきたっけ。本当は当時からユメの事が大好きなのに、恥ずかしくて興味が無いって答えたアタシ。まさか、あの時の事を真に受けて?


「あ、あんな事を気にしてたの?だいいち、恋愛に興味が無いのはユメだって一緒じゃん。昔女の子に告白されてた時も、付き合わなかったって言ってたし」

「酷いなあ。俺は興味が無いなんて、一言も言った覚えはないよ。今まで誰とも付き合わなかったのだって、ハナの事が好きだったからなのに」


 ちょっと拗ねた様子のユメ。そういえば、ユメがそういうのに興味が無いのだろうとは思っていたけど、本人が明言したことは無かったような……

 それじゃあ、そういうのに興味が無さそうって思ってたのは、アタシの勘違い?


「でも、やっぱり俺が悪かったんだろうね。何だかんだ言って、フラれるのが怖かっただけだし。俺、意気地無しだから」

「そんなこと無いでしょ。さっきだって先輩に意地悪言われたアタシを、庇ってくれたじゃん」

「先に庇ったのはハナでしょ」

「先輩を黙らせたのはユメの方!」


 アタシ達はお互い一歩も引かない。だけどそうしているうちに、意地を張るのに疲れて、どちらとも無しに笑いが漏れてきた。


「ねえ、どうしてハナは、俺の彼女になりたいなんて言ったの?」

「改めてそれを聞く?決まってるじゃない。ユメが……好きだからよ……」


 最後の方は声だだいぶ小さくなってて、ゴニョゴニョとしていたけど、それでもユメには聞こえたのか、にっこりと笑った。


「恋だの愛だのに興味は無いって言ってたのに?」

「う、五月蠅い!女の子には色々あるの!」

「ははっ、そうみたいだね」


 もうっ。何も笑わなくても良いじゃない。

 今日のユメはいつもよりちょっと意地悪で、いつもよりちょっと優しい。だけど、ユメはユメ。アタシの好きになった男の子であることに変わりは無い。

 笑っているユメを見ているとまたドキドキしてきて、つい俯きたくなる。でも……


「ハナ」

「な、何よ?」

「改めて言うよ。俺の彼女になって下さい」


 ……改めて言うな!


 アタシは恋だの愛だのに興味が無いわけじゃないけど、こっ恥ずかしいのは苦手なの。こんな風に言われると、返し方に困るじゃない。ユメだってそれくらいは分かっていると思うけど……もしかして、それでもはっきりとした答えが欲しいのだろうか?


「ハナ……」


 真剣な目で見つめてくるユメ。

 ああ、もう。分かったから。十年に一度くらいは、アタシだって素直になれるって所を見せれば良いんでしょ!


「……あ、アタシでよければ。ユメが嫌じゃないって言うんなら、彼女になってあげても良いけど……」


 何と言う上から目線。ユメがせっかく彼女になってほしいと言ってくれたのにこの態度、自分をぶん殴ってやりたくなる。

 だけどそれにもかかわらず、ユメは満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう、凄く嬉しいよ」


 次の瞬間、ユメはアタシの体を抱きしめてきた。


「ちょっ、ちょっとユメ。ここ外だから!」

「周りに人はいない。それとも、こんな事をされてハナは嫌?」

「……嫌じゃない」


 やっと出てきた言葉は、そんな素っ気ないもの。けどこれが、素直なアタシの本音である事に変わりはなくて、ユメもそれは分かってる。


「好きだよ、ハナ」

「バカ……」


 相変わらず素直になりきれないアタシ。それでも今日、ユメの彼女になることができた。

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