(偽)彼氏彼女の事情

 いきなり始めてしまった彼女設定だけど、どうやらユメは事情を察したよう。最初こそ驚いたものの、すぐにいつもの冷静な表情へと戻る。


「ええと、先輩。つまりはそういう訳なんです。申し訳ありませんが、先輩の気持ちには答えられません。ごめんなさい」


 相手を怒らせないよう、丁寧に言葉を選んでいくユメ。だけど先輩は、まだ納得がいかない様子。


「彼女ねえ……へぇー、この子が……」


 まるで品定めでもするかのように。アタシのことを見る先輩。もしかして、彼女ってことを疑われてる?事実嘘の彼女なんだから、そうだとしても不思議じゃない。先輩はしばらくアタシを観察していたけど、やがて満足したのか視線を戻す。そして……


「はっ!」


 鼻で笑われた。


「何?こんなのが彼女なの?ダメだよ夏目くん、女の子はちゃんと選ばなきゃ」

「なっ⁉いきなり何を言うんですか!」

「だってアンタ地味じゃない。大して可愛くもないし、化粧だってしてないでしょ」


 うっ、それを言われると言い返せない。少なくとも今言われたことにおいては全ての面で、この先輩よりも劣っているといっていい。


「先輩には関係無いでしょ。放っておいてください」

「そうはいかないわよ。アンタみたいなダサい子が彼女だったら、夏目くんが可愛そうでしょ。こんなののどこがいいわけ?」

「ア、アタシはユメのことをよく知っています。先輩とは付き合いの長さが違うんです」

「つまり一緒にいたってだけの理由で、夏目くんは付き合ってあげてるって訳ね。夏目くん優しいから、放ってはおけないだけでしょ」


 言わせておけば好き勝手言って。だけど先輩の言葉は的確で、胸に刺さる。実際は彼女じゃなくて友達だけど、もしかしたらユメは、成り行きでアタシと一緒にいるだけなんじゃないか?本当はアタシのことを面倒くさい奴だって思ってるけど、突き放したらかわいそうだからとか。


 いけない、そんなことを考えていたら、悲しくて泣きたくなってきた。アタシと比べたら、確かに先輩の方がユメと釣り合うじゃないだろうか……


「勝手なことを言わないでくれます?」


 えっ?


 言い返せずについ俯いていたら、ユメがアタシの前に立って、先輩と向き合った。


「先輩の目にハナがどう映ってるかは分かりませんけど、俺の彼女なんで。失礼なことを言うのはやめてもらえますか?」


 俺の彼女……いい響きだ。って、そうじゃないか。ユメは眉をつり上げていて、声には怒気が含まれていた。これって……


「ねう。もしかしてユメ、怒ってる?」

「当たり前だろ。自分の彼女を悪き言われて、怒らない彼氏なんていないよ。先輩、訂正してください」


 ユメが怒ったところなんて、ほとんど見たことがないから驚いた。彼女って言っても、嘘の彼女なのに。

 そしてその事すら知らない先輩は、気まずそうな顔をしている。流石に同意してもらえるとは思っていなかっただろうけど、こうまで怒りを露にされるとも思っていなかったようだ。


「な、なによ。本当のことじゃない!そんな大して可愛くも無い女の、いったいどこがいいのよ?」


 どうしても非を認めようとしない先輩は、蔑んだ目をこちらに向けてくる。だけどユメは、そんな先輩からアタシを守るように背中に隠して、こう言った。


「そうですか?俺には、少なくとも先輩よりは可愛く見えますけど?」

「なっ⁉」


 今まで散々貶していた女より、自分の方が可愛く無いと言われたのがショックだったのか、先輩は固まって動かない。ユメはそっけない声で先輩に「それじゃあ」と言うと、そのまま踵を返す。


「行こう」

「う、うん」


 返事をした途端、グイッと手を引っ張られる。まるでそれが当たり前のように、ユメは手を繋いでくれていた。


「な、なによ!せっかく目をかけてあげたのにー!」


 先輩が後ろで喚いているけど、ユメは気にする様子もなく歩いていく。そして並んで歩くアタシも、そんな事を気にする余裕なんて無かった。この手のつなぎ方、もしかしなくても恋人繋ぎじゃない⁉


 彼女のふりをしただけなのに、こんな事までさせていいのだろうか?胸が熱くなり、繋いだ手に汗をかかないかが心配になってくる。

 こんな事をしてユメは、何とも思ってないのかなあ?そんな事を考えながら歩いていて、先輩の声も聞こえなくなった。もう、手を放しても良いんだよね。でも、放したくないんだよね……


「ハナ」

「ああ、ごめん!今放すから!」


 慌てて手を離し、距離をとる。するとユメは申し訳なさそうな顔をする。


「嫌だった?ごめん、勝手に繋いだりして」

「べ、別に嫌じゃないけど……ユメの方こそ、嫌じゃなかった?勝手に彼女のフリなんてしたけど」

「それは別に。だって、俺が困ってるって分かって助けてくれたんでしょ」

「あ、うん。そうだよ。ハハハッ……」


 実はちょっとだけ、そうなったら良いのにって願望があっての行動だったんだけど。だけどそんなこと言えるはずもなく、ぎこちない笑いを浮かべる。


「そう、だよね……」


 なんだろう。心なしか、ユメが沈んだような気が……

 いや、沈んでいるのはアタシの方かも。これで恋人ごっこはおしまい。アタシ達は晴れて、彼氏彼女じゃなくなってしまう。まあ、元々偽のカレカノだったんだけどね……


 チクリとした痛みが、胸を指す。本当に、このままでいいの?ううん、良くない。ララだって言ってたじゃない。早く素直になれって。だったら……


「ねえ……」

「あのさあ、ハナ……」


 二人の声が重なってしまい、お互い慌てたように口を紡ぐ。


「な、なに?」

「ええと、俺のは後でいいから、ハナから先に言って」

「アタシも、大したことじゃないけど……ああっ、でも、せっかく譲ってもらったんだから先言っちゃうね」


 ここで尻込みしても仕方が無い。アタシは覚悟を決めて、真っ直ぐに夢の目を見つめる。そして……


「ねえユメ。フリじゃなくて、本当の彼女になっちゃダメかな?」

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