番外編 遊園地デート編
別冊ハナとユメ 1
いつもの朝の登校風景。私、ハナの隣には、ユメが歩いている。
小学校、中学校、高校と、制服が変っていっても、この時間は何も変わらない。道路の右側を歩きながら、すぐ左にはユメがいる。それが私にとって当たり前の日常。だけど……
ふと左手に温かな感触がある。見るとユメが手を繋いできていた。
「―—————ッ!」
手をつないでの登校っていったいいつ以来だろうか?そりゃ昔は気兼ね無しにやっていた事だけど、高校生にもなってこれは、ちょっと恥ずかしい。
「ごめん、嫌だった?」
細く、だけどどこかはっきりした声。顔を上げると、ユメが私を見ている。
どうやら緊張が伝わってしまったようだ。一見わかり難い無表情にも見えるけど、きっと内心は戸惑っているのだろう。でも……
「嫌なわけ無いでしょ。いちいち気にしない」
照れを隠すように、そっけなく答える。内心は心臓バクバクだけど。
でも、嫌じゃないのは本当。ユメの手の温もりが伝わってきて、ちょっとくすぐったいけど悪い気はしない。
「ユメもさ、もし無理してるんなら、別にいいんだよ。私に合わせてくれなくったって」
ホントはもっとユメとイチャイチャしたいんだけどね。手を繋いだくらいで気圧されるくせに何言ってるんだって思うかもしれないけど。
きっとユメは、そんな私の本心に気付いている。だからこうして手を繋いでくれたのも、たぶん私に気を使ってのことであって……
「……無理なんてしていない。俺が繋ぎたいだけ」
「——————ッ!」
またしても絶句してしまう。ユメは相変わらず表情一つ変えていないけど、本当に動じていないのか、それとも必死になって照れを隠しているのか。判断が難しい所だ。
まあいいか、どっちでも。
ごちゃごちゃと考えるのは止めて、私は晴れて彼氏となったユメとの手繋ぎ登校を堪能する事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小学校の頃から、ずっとユメの事が好きだった。そんなユメと付き合い出してから、もう一ヶ月が経つ。
今は学校の昼休み。私は教室でララと二人、お昼をとっていたのだけど。
「……なあハナ、今日はいったいどうしたというんだ?さっきから締まりの『し』の字も無いような顔をしているぞ」
「ええ~、まさか~。そんなこと無いって~。ふふっ、ふふふふふっ」
返事をしつつも、ついついニヤけてしまっている自覚はある。これでも表情を正そうとはしているんだけど、込み上げてくる笑いはどうしても抑えきれないのだ。
「今の君は客観的に見て、かなり気持ちが悪い。もっともそうなってしまった原因は容易に想像がつくがな。大方、夏目君が関わっているのだろう?」
「あ、わかる?さすがララ」
気持ちが悪いと言われてしまったことは引っ掛かるけど、私はそんな事を気にするほど小さな女じゃない。それよりももっと大きなイベントが、放課後に控えているのだ。
「実は今日、ユメがバイト休みでさ。放課後一緒に出掛けることになったの」
「おお、それはめでたい事じゃないか。これは私からのお祝いだ。とっておくといい」
そう言ってララはおにぎりを差し出してくる。赤飯のおにぎりだ。
お昼は大抵コンビニで買ったお弁当ですませるララ。今日のお昼は、どうやらおにぎり尽くしのようだ。
「それで、放課後にいったいどこにいくつもりなんだ?」
「ええとね、『たい焼き研究所』って分かる?変わった名前をしてるたい焼き屋さんなんだけど」
「ああ、商店街にあるあれか。私もよくあそこで夕飯を買っている」
あれ?たい焼き屋で買った物を晩御飯にするとはどういう事だろう?
一瞬、たい焼きをおかずにご飯を食べるララの姿を想像したけど、深くは突っ込まないでおこう。夕飯に何を食べるかなんて、人それぞれなのだから。
「で、そのたい焼き研究所で新商品が出たから、帰りによってみようって話になったってわけ」
「なるほど。それで、その後はどうするつもりなんだ?」
一見すると表情は変わっていないけど、僅かに口角が上がっているララ。更なる何かを期待しているというのがよくわかる。だけど。
「ええと、後は普通に家に帰るつもりだけど?」
「……は?」
あ、今度はあからさまに落胆した。けど、いったい何で?
疑問に思いながらも、先ほどもらった赤飯おにぎりに手を伸ばしたのだけど。
「ハナ、赤飯を返せ」
私より先に、ララが引ったくってしまった。
「ああ、私の赤飯。まあ別に赤飯はいいんだけどさ、どうしたの急に?」
「どうしたのじゃない。あんまり浮かれているから何があったのかと思えば、ただの買い食いではないか。てっきり、放課後デートでもするのかと思ってたぞ」
「でも、これだってデートにならない?付き合ってる者同士で出掛けるんだから?」
「真剣に考えて答えろ。なると思うか?」
そう言われると……ならないかもなー。だいたい買い食いなら、付き合う前でもしょっちゅうやってたし。しかし最近はユメがバイトで忙しいから、買い食いすらあまりできないでいる。だからこんな些細なことでも、つい嬉しくなってしまっていたのだ。
「まったく、こんなことでは先が思いやられる。だいたい君には危機感と言うものが無くて困る。実は昨日、夏目君のバイトしてる喫茶店に行ったのだがな……」
「ちょっと待った!ユメのバイト先に行ったの?何で私も誘ってくれなかったのさ!?」
「ハナが金欠だと嘆いていたからじゃないか。週末まで、欲しい漫画も買えないって。そんな君を誘ったところで、一緒に行ったか?」
それは……行かなかっただろうね、間違いなく。ユメやララに奢ってもらうわけにもいかないし。
「それで、問題はここからだ。オーダーをとっている夏目君を観察していて分かったのだが、彼に視線を送っているのは私だけではなかった。丁度うちの学校の女子の一団が来ていて、夏目君の事を格好いいと言っていたんだ」
「ええっ⁉それでユメ、どうしちゃったの?」
まさか、その女の子たちにコロッといっちゃったんじゃ?いや、ユメにかぎってそれは無いか。何せ私と言う彼女がいるんだもん。ああ、でももしかしたら……
「落ち着け。その子達は話題に上げてはいたものの、何か話をしたというわけではない。オーダーをとって、それで終わりだ」
「な、なーんだ。そうだったんだ。脅かさないでよ」
そうだよね。もしかしたらなんて、あるわけないよね。
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