別冊ハナとユメ 10(最終話)
玄関で靴を脱ぎ、自分の部屋へと向かいながら、私はそっと唇に指を当てる。
あの後すぐにユメは帰ってしまったけど、正直助かった。気恥ずかしさでどんな顔して向き合えばいいのか、正直分からないから。だけど一つ言えるのは、アレは決して嫌じゃなかったって事。相手がユメならきっと大抵の事は良い事になってしまうのだろう……
「ハナ―、帰ったら挨拶くらいしなさい」
せっかく余韻に浸っていたというのに、台所から顔をのぞかせたお母さんの大きな声が、それをぶち壊しにしてしまった。私はだらしなく崩れた顔を慌てて引き締める。
「ただいまー。そうだ、お風呂湧いてる?今日は疲れちゃったから、ご飯の前に入っておきたいの」
「それじゃあすぐに沸かさなくちゃね。って、夢路君はどうしたの?一緒だったでしょ」
「ユメとは玄関で分かれた。また明日って」
「せっかくそこまで来たのなら、夕飯も一緒に食べて行けばよかったのに……ああ、そういうことね」
そういう事って、何が?
部屋からお風呂場へと進路を変えようとしていた私は、不思議に思って動きを止める。するとお母さんはどこか笑いをこらえたように……
「さっきは玄関の前であんな事してたでしょ。それじゃあ恥ずかしくて、顔も見られないだろうなあって思って」
「ほえっ⁉」
アレを見られてたの?いったいどこから⁉と言いうか、それならそうと早く言ってよ!いや、追及されても困るんだけどさあ。
「そんなに驚かなくても大丈夫よ。ちゃんと気を使って途中から見ないであげたんだから」
「そういう問題⁉」
「相手が夢路君なら、お母さん安心して任せられるから。それで、今日のデートではどういう事が……」
「ああ、もう、知らない!お風呂入れてくる!」
あれこれ聞かれる前に逃げ出し、お風呂場へと向かう。まったく年甲斐もなく、娘の恋愛に首を突っ込まないでほしい。でも……
見られたのは失敗だったけど、やっぱり嬉しい。
帰り際にユメが見せた、穏やかな笑顔を思い出しながら唇に手を当てて。まだ微かに口元に残る余韻に浸るのだった。
別冊ハナとユメ 遊園地デート編 終わり
咲かない花、叶えたい夢 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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