別冊ハナとユメ 6

 私達はクレープを食べた後も様々なアトラクションを回っていった。ホラーハウスのような定番から、VRを使った最新のアトラクションまで、目についたものは片っ端から。さすがに全部を回ることなんてできないけど、それでも十分楽しめて。

 そうして気がつけば、もう四時半。うちには門限かある訳じゃないけど、もうそろそろ帰ることを考えた方が良い時間だ。


「ユメはまだ何か、行ってみたいアトラクションはある?後一つくらいなら行けるかもしれないけど」

「そうだねえ……どこでも良い?」

「待ち時間がそんな長く無いならね。どこか行きたい所あるの?」

「うん。最後に、アレに乗ってみたい」


 そうしてユメが指差した先にあったのは、巨大な輪の形をしたアトラクション。あれは遊園地の定番の。


「観覧車……」

「最後に乗っておきたいんだけど、ダメかな?」

「う、ううん。そんなことないよ」


 そう返事をした私の声は、自分でもわかるくらいにぎこちなくて。当然ユメも、それに気づかないはずがなかった。


「本当に良いの?躊躇ってるように見えるけど」

「だからそんなことないってば。私が高所恐怖症でないことくらい知ってるでしょ」

「それはそうだけど……やっぱりどこか変じゃない?」

「変じゃない!さっさと行くよ!」


 有無を言わさず、ユメを引っ張って行く。

 ……本当に、観覧車に乗るのが嫌というわけではないのだ。

 高い所も平気だし、疲れてると言うわけでもない。だけどユメが指摘した通り、思うことが何もないわけではない。それと言うのもこの前ララが、今日のデートについていろいろとアドバイスをくれた時……


『遊園地と言えば、最後に観覧車が真上にきたところでキスが定番だろう』


 なんて事を言っていたからだ。

 キスってそんな。別に嫌って訳じゃないし、どちらかと言えば興味はあるけど。でも、ユメ的には、キスってどうなのだろう?

 しかもあんな風に言われてしまったものだから、観覧車に乗る=キスって気がして、つい躊躇してしまって、今日は避けていたのだ。

 だってもしユメに見抜かれでもしたら、キスをしたいとがっつく、はしたない女って思われるかもしれないじゃない。今更ユメ相手に見栄を張ったり取り繕ったりしても仕方がないとは思うけど、これはさすがに恥ずかしい。ついつい気持ちが態度に出ちゃったけど、気づかれていないよね?


 後ろからついてくるユメに目をやってみたけど、幸い何かに気づいた様子はない。ホッと胸を撫で下ろしながら、呪文を唱える。

 観覧車はただ乗るだけ、観覧車はただ乗るだけ。キスなんて関係無い、キスなんて関係無い。あわよくばなんて思ってない、思ってない。でももしチャンスがあれば……って、ちがーう!


 ブンブンと頭を振り、邪な妄想を振り払う。私はただ、ユメが乗りたいって言うから付き合うだけなんだからね!

 誰にするでもない言い訳を考える。そんな私はきっと、さぞかし挙動不審だっただろうけど、ユメはそれにツッコムなんてことはしなくて。

 そうしてモヤモヤとした想いを抱えたまま、私達は観覧車へと向かうのだった。





 少しの待ち時間の後、観覧車へと乗り込む私とユメ。一週十五分の、短い旅の始まりだ。

 日が落ちるのが遅くなってきたから、五時前でも辺りはまだ明るい。窓から見えるのは綺麗な夕焼けではなく、まだ青が残る空だったけど。向かい合って座る私達はそんな外の風景を眺めていた。


「夕焼け空じゃなくて、残念だったね。ハナ、夕焼け好きでしょ」


 まるで私の心を読んだみたいな事を、ユメが言ってきた。


「別にいいよ、青空でも。そっちの方が遠くまで景色を見る事ができるしね」

「確かに、今なら俺達の街がよく見え……あ、ハナ」

「えっ、な、何っ⁉」


 突然立ち上がったユメが、私の隣へとやって来た。ま、まさかキスするの⁉ユメってば大胆!?

 今日一番に緊張しながら、思わず目を瞑ってしまったけど……


「ほらあそこ、俺たちの家が見える」

「えっ?あ、ああ……そうだね。すごーい、よく見えるー」


 なんだ、キスじゃなかったのかと一安心。だけどちょっぴりがっかりしている自分もいる。女の子は複雑なのだ。

 多分私は今、凄く顔が赤くなっているだろうけど、幸いユメの視線は窓の外。今のうちに火照りを冷まさなきゃ。何か気を紛らわせる話題は無いかな?話題話題……


「そういえばこことは違うけど、小学校の修学旅行でも観覧車に乗ったよね。あの時見た景色も、綺麗だったなー」


 浮かんだのは、小学校の頃の思い出。修学旅行で海の近くにある大きな観覧車に行って、そこでもこんな風に乗ったのだ。生憎その時はユメとは班が違っていたから、一緒に乗ったわけではないのだけど。でもユメはユメでちゃんと乗ったと聞いている。


「あったねえ。たしかあの時は、一緒に乗った子が高所恐怖症だったっけ」

「え、それは初耳。せっかくの旅行なのに、可哀想ね。でも怖いなら、何で乗るのを辞退しなかったんだろう?」

「そういえば?うーん……あっ!」


 何かに気づいたようなユメ。だけどどういうわけか口を継ぐんでしまい、それどころか目線まで逸らされた。


「何?思い出したことでもあるの?」

「うん、あるにはあるんだけど……」


 やはり歯切れが悪い。これはきっと、何か隠しているに違いない。問題はそれが何であるかだけど……


「ユメ、怒らないから言ってみてよ。こんな風に言われたら気になって、景色を楽しむどころじゃないもの」

「それは困る。でも、うーん……」


 なおも悩むユメだったけど、やがて観念したように息をついた。


「それじゃあ言うけど……でも勘違いしないでね。俺が好きなのは、今も昔もハナなんだから」

「ええっ⁉いきなり何を言い出すの⁉」


 高所恐怖症の子が、何故か観覧車に乗ったという話だったはずなのに、どうして急にこんな好きアピールなんて……いや、まてよ。

 いくらなんでも、何の関係も無いのにこんなことを言ってくるなんておかしい。と言うことは……


「もしかして、その高所恐怖症の子って、女の子だったりする?」

「……まあ」

「それでその子、実はユメの事が好きで、一緒にいたいから乗ったとか言うんじゃ?」

「……もしかしたら、だけどね」


 否定されなかった!

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