別冊ハナとユメ 5

 胃の調子が心配で全然楽しめなかったけど、幸いジェットコースターを降りてからも気分が悪くなるということはなくて。初デートでトイレに駆け込むという醜態は、なんとか晒さずにすむことができた。


「ごめんね、俺がもっと早くに思い出しておけばよかった」

「別にいいよ、何とも無かったわけだし。けどお昼は、念の為ちょっと軽めの方がいいかな?」

「うーん、だったらアレにする?」


 ユメが指差した先にあったのはクレープのお店。お昼にクレープって気もしたけど、まあいいか。クレープ好きだし。

 私は苺生クリームを、ユメはハム玉子のクレープをそれぞれ注文し、オープンテラスの席へと座る。

 しかしクレープをかじっていると、ふと気がついた。あれ、たしか前にも、こんなことがあったような?


「どうしたのハナ?首を傾げて」

「うーん、ちょっとデジャヴを感じて。前にもこんな風に、クレープを食べたことがあった気がして」

「前にも……ああ、あったあった。小学校の頃ここに来た時、たしか同じようにクレープを食べたんだった」


 なるほど、そういうことか。相変わらず物覚えが良い。ユメがそう言うのなら、間違い無いだろう。


「それって例の、ジェットコースターに乗った時の話だっけ?」

「ううん、乗れなかった時。ハナ、あの時やっぱり少し残念そうにしてたけど、クレープ食べたらとたんに機嫌治ったんだよね」

「そ、そんな覚えないよ。ユメの勘違いじゃないの?」


 さっきはユメが言うのだから間違いないとか思ったけど、できればこれは嘘であってほしい。食べ物一つで機嫌が治るなんて、よほど食い意地の張った子供だったのだろう。照れを隠すように手にしていたクレープにかぶりつく。

 だけど、その様子を見たユメは何故かクスクスと笑みを浮かべている。


「何よ、笑ったりして?」

「だって……ハナ、ここクリームついてる」


 そう言って頬を指差してくる。

 嘘⁉照れ隠しのつもりが、更に恥ずかしい姿をさらしてしまったみたいだ。取ろうと頬を手で拭ってみるも、場所がよくわからずに取れない。


「ハナは小学生の時と変わんないなー。あの時もクリームつけてたし」


 ユメはそっと手を伸ばし、私の頬に触れてきた。


「ふあっ⁉」


 どうやらクリームを取ってくれたみたいだけど、いきなり触れられた私はビックリしてしまった。しかもユメのやつ、人をこんなにドキドキさせておいて、自分は澄まし顔で「本当に昔のままだ」なんて言って和んでる。人の気も知らないでー。


「悪かったわね、子どもっぽくて」


 拗ねながら、ちょっと意地悪な返しをしてみる。だけどそれもユメにとってはどこ吹く風。指についたクリーム舐めながら。


「ん? そういうところも可愛いよ」


 ……どうやらユメの奴、本気で私を悶え殺すつもりのようだ。そもそも、前からこんな奴だったっけ?私の知ってるユメはもうちょいクールというか、物静かなんだけどなあ?


「ユメ、なんかアンタ、性格変わってない?今まではそんなことバンバン言ったりしなかったでしょ。まずどこで覚えたの?」

「どこって……ハナが持ってる漫画かな。何度も読んでるから、多分影響を受けたんだと思う。自分じゃよくわからないけど」


 なるほど、アレのせいか。確かにアレには今食べたクレープくらい、甘々なセリフがたくさん書いてある。余計な物を読ませてしまっていたか?それとも、読ませておいて良かったのか?判断が難しいところだ。


「それと今まで言わなかったのは、意図的に抑えておいたからだよ。好きでもない奴からあんなことを言われたって、気持ちが悪いだろ?」


 そう言った時の目は、ちょっぴり切なそうで。そういえばユメは、ずっと私が恋愛に興味が無いって思っていたんだっけ。だから今までは、言いたくても言えなかったんだ。

 しかも勘違いされていた原因が、実はユメの事が好きだという恋心を隠すため、照れ隠しで言っていたのだ。ユメには本当に、悪いことをしていたのだろう。


「それで、これからはもう我慢しなくて良いのかと思うと、ついね。それとも、やっぱり嫌だった?」

「い、嫌ってわけじゃなくて……ああ、もうっ!そんな捨てられた子犬みたいな、悲しい目をしないでよね!」


 確かに少し恥ずかしいけれど、嫌じゃないというのは本当だ。だってユメが誉めてくたんだもの、嫌だって思うはずがない。ただ……


「嫌じゃないよ。でもできれば外とか、人が多い所では控えてほしいかも。誰かに聞かれたらって思うとやっぱり、ね」

「わかった、ハナがそう言うなら、我慢するよ。けど、誰にも聞かれなかったら問題ないってことだよね?」


 そうなるのかな?

 しかし頷いて見せると、ユメは何故か満足気な表情を浮かべる。コイツ、二人きりの時は遠慮無しに言う気だ。


「ユメってさ、昔から何かにのめり込んだら周りが見えなくなっちゃってたよね。教室で本を読み始めたら、授業が始まったのにも気づかなかったことあるし」

「自覚はあるよ。夏休みの工作も、凝ったものを作りたくて、大掛かりになりすぎて夏休み終わっちゃったこともあったなあ」


 ああ、小6の時、やたら難しい工作にチャレンジした時か。ユメは工作得意なのに、私も手伝ったのに、結局間に合わなかったんだよね。先生に事情を説明したら怒られずにすんだけど、加減というものを知らない。そして今、のめり込む矛先は、私へと向いているわけか。


「この癖、ちょっとは何とかした方が良いのかな?」


 眉間にシワを寄せながら、元気のない声を出しているけど。私は首を横にふる。


「良いんじゃないの、人に迷惑さえかけなければ?私はそういう、熱中できるものがあるのって悪くないと思うよ」


 周りが見えなくなることはあっても、コイツは他人を蔑ろにする奴じゃない。気遣う優しさはちゃんと持っている。そもそも私は、ユメのそんなひた向きさと優しい所を好きになったんだしね。


「なるほど、ハナがそう言うのなら……このままで良いや」


 いったい何が面白いのか、ご機嫌な様子。実際表情は変わっていなくてすました感じだけど、私にはわかるのだ。だって、好きな男の子のことだもの。

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