別冊ハナとユメ 8
ユメは考えるように少し俯いて、私はドキドキしながら答えを待っている。やがてユメは答えを出したようで、スッと顔を上げてきた。
「ハナを好きになった理由?それは……」
「それは?」
「ハナが、ハナだからじゃないの?」
「はあ⁉」
観覧車の狭い室内に、呆れた声が響く。
いや、もっと何かあるでしょ。可愛いとか、優しい所とか。いや、可愛いはさっき自分で否定したし、自分の事を優しいとも思っていないんだけどね。
「仕方ないだろ。俺にとっては、ハナがハナだってことが、何よりも大事なんだから。それじゃあハナは、どうして俺で良いのさ?」
「どうしてって。格好良いし、優しいし、働き者だし……って、なに言わせてんの⁉」
本人を前にして好きな所を挙げろだなんて、どんな羞恥プレイだ!あれ、でもよく考えたら、さっき私もユメに、同じことをさせていたっけ?しかし、今問題なのはどうやらそこではないようで。
「俺より格好良い奴も、優しい奴もいっぱいいるよ。なのに何故?」
「そうそういないよ。それにもしいたとしても、そんな人と都合よく付き合えるわけ無いじゃん」
「へえ、という事は、俺は付き合う事の出来る手頃の奴だったから、妥協したって事?」
「えっ?違う、違うから!」
マズいマズいマズい!ユメがとんでもない勘違いをしている!
私は断じて、妥協してユメを選んだわけじゃ無いから!
「そりゃあ他にも良い人はいるかもしれないけど、それでも私にとっては、ユメが一番なの!」
恥ずかしいのを我慢して、やけくそになって言ってやる。でも、この気持ちに嘘はない。優しいだの格好良いだのは、所詮後付け。ユメが言っていたみたいに、私にとってもユメがユメである事が、好きになった一番の理由なのだ。
「結局ハナも似たようなものじゃない。だいたい良い所を挙げて、点数をつけて、それで成績が良かったから好きになるってわけじゃ無いでしょ。これで納得してくれた?俺がハナを好きになった訳?」
「……はい」
正直なぜ自分がって気持ちはまだあるけど、ここまで言われたのならそういうものなんだって納得するしかない。
だけど同時に、危なかったって思う。明確な理由がいらないってことは、もしかしたら小学校のあの時、ユメが私でなくて香里ちゃんの事を好きになっていた可能性もあったのだ。恋だの愛だのに興味はないなんて言って、ユメに気持ちを伝えようともしていなかった当時の私をぶん殴ってやりたい。
そしてこれからも、心が変わっていく可能性はある。ユメが浮気するとか、そういう事を疑っているわけでは断じてないけど、しっかりと繋ぎ止めておかなくちゃって気にはなる。
会話が途切れてしまい、隣に座ったままつい見つめ合う私とユメ。観覧車の回転時の振動がシートから伝わってくる中、ふと少し前まで考えていた事を思い出してしまう。
『遊園地と言えば、最後に観覧車が真上にきたところでキスが定番だろう』
ララはそう言っていた。もうとっくに真上は過ぎてしまっているけど、まだ回っている最中だ。もしここでキスをしたら、繋ぎ止められるかな?
そっと上半身を前に突き出して、ユメとの距離を詰める。
「ねえ、ユメ……一つ、いいかな?」
「……ハナ?」
「私と、キ……」
キスをしてくれる?そう言おうとしたその時―———
「お疲れさまでしたー。下りる時はお足元にお気を付け下さいー」
突然扉が開き、係員さんの元気な声が飛び込んできた。
嘘、もう下に着いちゃったの?途中から恋バナに夢中になってて、全然景色を見ていなかった。
しかもこの状況、ユメとの距離がもの凄―く近い。私は前のめりになっていて、もう少しで息がかかるくらいの距離まで迫っていたのだ。それを見られた!
「は、はい!今下ります!」
わざわざしなくてもいい宣言を大きな声でして、慌ててユメから離れる。係員さんはこういう状況にも慣れているのか、にこやかな表情は崩していないけど、私は恥ずかしさで死んでしまいそうだ。そしてユメの方はというと……
「もう終わっちゃったか。でも景色、綺麗だったね」
まるで何事も無かったような自然な笑顔。切り替えが早いのか、それともさっきの状況に気付いていないだけか。判断が難しい所だ。
観覧車の中から外に出た私達は係員さんに見送られながら、ちょっと足早にそこから離れる。
最後は恥ずかしい所を見られてしまったけど、ユメとは貴重な話をすることが出来た。私は付き合った今でも、ユメに甘えっぱなしなのだ。
ユメだって男の子。他の子を可愛いって思う事もあれば、好意を寄せられて嬉しいって思う事だってある。私だけを無条件に好きでいてくれるのが当たり前なんて、そんな調子に乗った勘違いをしていてはいけない。それに気づいただけでも、観覧車に乗った意味はあったのだろう。ただ……
やっぱりちょっとはしたかったかな。キス……
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