5 - 4 知的生命体

 時は遡って2102年。


「さっきのは何だったんだ……」


 そうこぼしながらNF-0から降りてきた笠間南翔かさまみなとは、ヘルメットを脱いでそこに待機していた隊員に渡した。着陸したらすぐにIIntegratedCcommandPpost(統合指揮所)に来るように言われていたため、すぐに汗を拭き着替えてICPへ向かう。

 ここ南極サーバ防衛部隊、AAntarcticaSServerSSecurityFForcesの航空軍は戦闘機一機に対してパイロット2名、整備士15人、パイロットの補佐や秘書的な役割を請け負う補佐隊員1名の18人が一つのチームとして配属されており、彼はそのメインパイロットだった。

 高空から落下してきたレーダーに映らない未確認物体の確認任務を通達され、出撃した後に落下後の撮影任務をその場で受けて引き続き任務をこなし、疲れ果てて帰ってきてからの指揮所への報告。これも仕事のうちさと半ば諦観の眼差しを補佐隊員に向けながら愚痴をこぼす笠間の足取りは重そうだった。


「笠間さん、何を見たんでしょうね」

「あんな顔はその昔まだ幼かった娘さんに『ぱぱキライ!』って言われた時以来だぞ」

「なんですかその話、詳しく聞かせて欲しいっす」

「ああ、あれはな……ヴェア!?」

「理由は聞かなくても分かるな?」

「すまんかったって。ほら、司令の所行くんだろ? さっさと報告してこい」

「……」


 補佐隊員に過去の話を吹き込もうとしていた、交代要員であるもうひとりのパイロットに鉄拳制裁を入れた笠間は、学生時代からの旧友である相棒をジト目で睨みつつ足を指揮所へ向けるのだった。


「(あんなのなんて報告すれば良いんだよ……宇宙人が来ましたってか?)」




◇◇◇




កЮᛍmЖH\無事か?

២эᚾs$}4Ѹ$なんとか……

~៳ᚭមឬОᛖrб事前の調査どおり、ӌEᚽជҁ1Ѯҡxѹ<ើᚿᚪъここには必要最低限の᛬~៹ҥᛊ_дឧУѹណ%џ១ហマテリアルがᛧ`ᚭ9Ӳқӊេឫалҿї揃っているようだな


 重力制御によって着地時の衝撃を抑え、断熱圧縮により生じた高温の熱はそのままエネルギーに変換することで地面へのソフトランディングに成功した彼らは、乗ってきた宇宙船らしき物体から外に出て、周りを観察することにした。彼らの見た目は完全に人間ではないが、地球上の生き物で一番似ているものはと言われれば人間と答えざるを得ない風体をしていた。

 観察を一通り終わらせると全員着ぐるみのような袋を被り、被り終えると同時に袋が変形し始める。1分もしない内に彼らは人間への擬態を完了させていた。


「言語は既にインストール済みだ。以後”日本語”を使用するように」

「了解」


 リーダーと思わしき人物の命令に対し、返事を返したのは一人だけだ。彼らの慣習では返事を返すのはサブリーダーのみである。そのサブリーダーと思われる人物は次にまわりに整列している部下であろう集団に向けて指示を出し始めた。

 彼らの乗っていたカプセル状の乗り物からテキパキと荷物を運び出す。どの荷物も一辺が大体30cmの立方体をしており、サブリーダーが立方体をなぞると形を変えて様々な素材へと変形していく。それらを組み合わせると、あっという間に基地ができているのだった。カプセル状の乗り物は外から見えないよう基地内に格納されていた。


「(後は”地球人”との接触だけか)」


 サブリーダーは基地の設置を大方終わらせたとの連絡を受けて、雪を使って即席で作り上げた椅子にどっかりと座り込む。しばらくすると、遠くに浮遊型スノーモービルに乗ったASSFの隊員が見えた。隊員は不用意には近付かずに遠くから観察をすることにしたようだ。サブリーダーは部下から報告を受けると手早く指示をだした。


 その1分後には、基地の外に『私達は対話の準備ができている』とでかでかと書いた大きな旗が掲げられていた。

 雪が降ってはいるがこの大きさなだけあってしっかりと視認できたようで、隊員が上司らしき人と会話している様子が見られた。その数分後、スノーモービルに再び跨った隊員たちはゆっくりと基地の方へ近づいてくる。かなり近づいたところで隊員の一人が


「代表者を一人、武装を解除した状態でこちらへ送れ!」


 と指向性拡声器を使って叫んでいたが、それを聞いた彼らは哀れむような顔で笑っていた。


「送れ! だってさ。向こうのテリトリーなのは分かるがこうも上から目線だと気が滅入るね」

「仕方ない、向こうもいきなり観測不可能な物体が飛んできて気が滅入っているだろうさ」

「ハハハ、そりゃ違いないな!」


 やり取りを交わす内に気が乗ってきたのか、笑いながら一人がサブリーダーに具申した。


「良かったら自分が斥候として行ってきますか? 相手の人数とか武装とかでしたら俺一人でも大丈夫っすよ」

「いや、俺が出よう」

「大丈夫っすか? たかが地球人と言えど、攻撃されたらひとたまりもないですよ」

「そのリスクを取るのがサブリーダーってことだ」


 キザに返すサブリーダーに尊敬の眼差しを向ける部下。いつの間にかサブリーダーのまわりには数十人の部下が集まって、出発の見送りに来ていた。サブリーダーの人望がよく分かる光景だ。

 サブリーダーはリーダーに確認を取ろうと簡易指揮所へと向かい、二重ドアの一つを開け中に入る。もう一つのドアの前でスキャンがかかり、自動的に目の前のドアが開いた。


「準備は出来たかね」

「はい。リーダーも聞こえたかと思いますが、地球人が早速コンタクトを取ってきました」

「聞こえてたさ。どれ、地球人は第一印象が大事だとか。我も一緒に出向こう」

「いえリーダー、地球人がどのような態度で接してくるか分かっていません。まずは私が行ってまいります」

「そのリスクを取るのがリーダーだって昔教えただろう?」

「ハッ、申し訳ありません」

「なに、良いってことよ」


 そしてリーダーはサブリーダーと共に外に出る。人間からするとかなり薄着に見えるが、彼らの体はこの寒さでもなんともないようだ。薄着になることで武装をしていないことをアピールする目的があり、少しでも警戒心を和らげたいリーダーの判断だった。




◇◇◇




 落下地点に向かうと、落下してからまだ1時間と経っていないにもかかわらず小さな基地が出来上がっていた。この短時間で基地を設営できる技術力はまだ地球上には存在しないだろう。そもそも落下の衝撃をどうやって抑えたのかすら疑問である。それらの事実を前に、小隊長は軽く身震いをしていた。

 ウォースパイトへの無線で言われていた”別働隊”であるASSF地上軍第一小隊は最大限の備えをして落下地点へ向かっていたが、それは南極サーバの占拠を目的としたテロ部隊の可能性を考慮した上でのことであり、このようなもはや”ありえない”技術力に対抗する為の備えではなかった。しかし、何もしないままおずおずと帰っては南極サーバの防衛部隊としての職務放棄だ。小隊長は規定通りの呼びかけを行い、呼びかけに反応しなければ制圧突撃を敢行する予定だった。


「(あの技術力を前に制圧突撃など死にに行くようなものだな。あれはやはり……)」


 できれば穏便に済ませたいと思っていた小隊長だが、その願いは無事に聞き入られたようだ。程なくしてかなり薄着な格好の男性2人組が歩いてこちらに向かってきた。既にいろいろとおかしいが、目の前の基地を見せつけられていた隊員たちは逆にそれがさも当たり前かのような反応を見せている。


「呼びかけに応えていただき感謝する。まずは所属と名前を聞かせていただきたい」

「これはこれは地球人の皆さん、ここまでご足労頂き恐縮の極みでございます。まずは私の方から自己紹介させていただきます。私は――」



「ローゼンブルクという星から来ました、イニーゴです」



 そこにいた隊員の全員が息を呑んだ。予想が確信に変わった小隊長は、イニーゴと自称する人物に問いかける。


「やはり……まだ信じる訳にはいかないが、あなた方は我々の住む地球の外から来た、”地球外生命体”だと主張するんだな?」

「まあ、あなた達の言葉で言えばそうなるのでしょう」

「なにか証明できるものは……と言っても、あの基地を見れば一目瞭然か」

「他にもお見せできる物はありますが、ここではなくしっかりと場を設けた上でお見せしたほうがそちらとしても都合が良いでしょう?」

「ああ、まずは上に報告する。こちらで用意ができ次第、再び訪問する」

「よろしくおねがいしますね。では、我々は基地で待っておりますので」


 二人のうちイニーゴではないもう片方の人物は後方で微動だにせず立っていた。リーダー格であろうイニーゴが軽く一礼をし、その場を後にすると同様に一礼をしその後ろをついていくように歩き始める。


「何だってあんなに日本語が上手いんだよ……礼儀作法も知ってるようだったし」

「それだけ知能も我々より高いってことだ。技術力も知能も我々より遥か上だ。気を抜くなよ」

「了解ッス」


 訪れたことのない星の言語を既に知っているとは考えられない。過去に偵察を地球に送っていたのだろう。四六時中スペースデブリ等を人工衛星で監視していたはずだが、全くその兆候はつかめていなかった。かなりの諜報能力を持っていると容易に推察できる。


「……一旦帰投だ。全員乗り込め!」


 小隊長は隊員をスノーモービルに乗せ、全員の搭乗を確認した後に忌々しく後ろを振り返った。遠目でも分かるほど大きく、そして今現在も拡張されている基地。到底かなわない技術力。我々は侵略されるのだろうか。その時は南極サーバ防衛部隊が最前線となって戦うことになるが、果たしてあの宇宙人を南極大陸で押し止める事ができるのだろうか。それらを想像して大きなため息をつき、最後の一台に乗り込むのだった。

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