5 - 3 スクランブル交差点

 祐希捜索を始めて一週間が経つ。祐希の母親は見るからにやつれており、父親は気丈に振る舞ってはいるが時折見せる諦観の言葉にその内心が伺える。

 亜美は祐希の両親を見ているといたたまれなくなる。しかしここでじゃあ必要最小限の報告だけでとなれば祐希の両親は更に心の支えが無くなってしまうだろう事は容易に想像できた。亜美の両親も引き続き全面的な支援をしてくれているし、それは霞の家も同じだった。

 ここで支えるのは私達の役目だと言わんばかりに二人は祐希の家に毎日通っては今日やったことを話し、明日やることを伝えていた。まだ希望は残っている、探す所はまだたくさんある。そう言って祐希の両親を安心させ、そして早く祐希を見つけ出そうと頑張っていた。


「あいつ、どこに居るんだか……」

「今日は東区の方に行ってみようか」

「おけ。今日は少し寒いな〜」

「温かい飲み物買っていこうか」


 二人はインテリデバイス(さくらから許可をもらって自宅に持ち帰り捜索に活用していた)を使って飲み物を買い、そのまま駅がある東区まで歩き始めた。駅前の電気屋は何回か行っているが有効な情報は得られないでいた。


 スクランブル交差点。この街の駅は郊外にしてはかなり大きく、この駅周辺だけは都会並みに開発が進んでいた。国の方針で、都心に何か重大な危機が起きた時に都市機能を移転する先の一つにここが指定されているのだ。そしてその駅前には大きなスクランブル交差点があった。もちろんそのまわりには背の高い超高層ビルが建ち並び、ビルの壁の一部が黒く塗りつぶされている。

 この場所は昔は大きなスクリーンがあったようだが、電気代や管理費が嵩み、今ではインテリデバイスを通して見る用の場所となっていた。広告もインテリデバイスに変わったことで3D映像化し、多彩な形に発展していた。亜美と霞も学校から持ってきているインテリデバイスでビルの広告を見ることができる。まあ今はそんな広告を見ている暇なんて無いのだが。


「いてっ。すいません」


 亜美は祐希探しに集中して目の前の人にぶつかってしまう。


「いえいえ、こちらこそすいません」


 しかしその人も謝っていた。様子をうかがうと、広告を見ているらしい。広告に気を取られて私に気づかなかったのかなと亜美は考えたが、次第に周りの様子がおかしいことに気がつく。


「――おいおい、あれ見ろよ」

「――マジかよ!?」

「――嘘だろ、信じられねえ……」

「――あの後ろにいるやつ、日本人か?」



 そのスクランブル交差点にいる人の”ほぼ全員が”広告を見ていた。



 亜美と霞も流石に気になりインテリデバイスの広告表示をONにする。すぐにその広告の音声が再生されるが、ちょっと様子がおかしい。


「(……ニュース番組?)」


 広告を表示する場所のはずが、今はニュース番組が放送されているらしい。すぐにビルの方を向いて、ビルの反射光に目を眩ませる。すぐにインテリデバイスの光量調整が効き、広告が、いや現在は広告ではなくニュース番組が見えるようになった。


「――え?」


 隣で霞が素っ頓狂な声を上げる。亜美もそのニュース番組をよく見る。



 そこにはニュースキャスターが一人、多分ディレクターであろう人が一人いた。そしてその後ろでは何かの動画が流れていた。ニュースキャスターの人が先程から同じ内容を繰り返し伝えている。


「速報です。ただいま南ストリアを占領中のテログループが犯行声明となる動画を公開しました――」


 しかし、その言葉は耳に入っていない。亜美の目はずっと後ろで流れている動画に釘付けになっていた。おおよそ地球人とは思えない、しかし人のような面影はあるその”生物”が口と思われる器官を動かして日本語を喋っている。不思議な光景ではあるが、亜美の目はそこにすら向いていない。

 かなり衝撃的なキャスターの速報を聞き流し、宇宙人という言葉が一番合うであろう生物をスルーし、その生物が日本語を話していることに何の疑問も持たず、そして亜美は何を見ているのかと言うと――


「あ……あれ……」


 その宇宙人らしき生物の”後ろ”、明かりが小さい部屋なのか暗くてよく見えないその場所に立っている人物。


「か、かすみん……?」


 震える声を絞り出し、横の霞を見る。霞も亜美と同じく、動画の後ろに立つ人物に釘付けになっていた。そして、同じく「亜美ちゃん……」と言いながらこっちを振り向く霞。亜美は、その間に今起きていることを頭の中で整理する。



 そこに立っていたのは、紛れもなく”祐希”だった。



「なんで……」



 口が震える。ありえない。亜美は自分で気付かない内に叫んでいた。



「なんで!? なんで祐希があそこに映ってるの!?」

「そんなの私だって分からないよ!」

「だって、だって! あれって……!」




「テログループの犯行声明だよ!?」




「亜美ちゃん、とりあえず落ち着こう?」

「落ち着く? そんな事できる状況じゃないでしょ!」

「今の状況でこんなに喚いてたって何も状況は良くならな――」

「そうは言っても! だって! 祐希が……助けに行かないと! どこに居るかまず探さな――」

「亜美!」


 突然の呼び捨てに、亜美は目を見開く。そして自分が何も考えずにただ暴走していることに気付いた。今までの霞の発言をもう一度頭で反芻する。


「……落ち着いた?」

「ごめん、かすみん。ありがとう、落ち着いたよ」

「もう、部長がそんなに取り乱したら美穂ちゃんも未来ちゃんも不安になっちゃうよ?」

「……そうだね。とりあえず連絡を入れよう。かすみんはさくら先生にお願い。私は祐希のお父さんとお母さんに連絡する」

「おっけ。それでこそ部長だよ、亜美ちゃん」


「こっちは連絡おわったよ。あとは美穂ちゃんと未来ちゃん、あと警察に連絡しないと」

「じゃあ警察はかすみんお願い。私は美穂と未来に連絡する」

「らじゃ!」


 手分けして連絡を入れる二人。警察は既に動画で確認していたらしく、今は他に映っていた人の特定を急いでいるらしい。他にも武蔵人らしき人が映っていたので、武蔵国が集中的に狙われた可能性があると言う。

 祐希の母親は亜美の連絡に驚くとともに、とりあえず生きててよかった、連絡をくれてありがとうと言って電話越しでも分かるくらい泣いていた。

 美穂と未来も既に動画で見ていたらしく、こちらから電話をかけるところでしたと言っていた。今はどちらも捜索で街に出ているようなので近くの喫茶店で落ち合うことにした。

 さくらは動画について知らなかったが、電話を受けてすぐに例の動画を確認して確信したようだ。学校の仕事なんて今はどうでもいい、すぐに合流したいと言ってたので落ち合う喫茶店を教えておいた。




◇◇◇




 駅前の喫茶店。学校に近いこともありテスト前は勉強する学生であふれるのだが、今日は春休み真っ只中である。学生は思い思いに遊んでいるのか、かなり空いていた。亜美と霞が喫茶店に着くと、美穂と未来が先に着いており席で座って待っていた。飲み物を頼み、早速本題に入る。


「やっぱり動画の後ろにいたの祐希先輩ですよね……」

「どう見ても祐希だよ。毎日見てるんだもん、間違えるわけない」

「あの動画、南極から侵攻してる例のテログループのリーダーが喋ってましたね」

「ネット上でもあの動画は正式な犯行声明で間違いないだろうって言ってるね」


 南極から進行しているテログループ。3月初めにいきなり出てきたテログループで、南極にある国際サーバ基地を占領し、先週から南ストリアに侵攻を開始していた。昨日、南ストリアの住民で生き残っている人々が命からがら武蔵国まで逃げてきたとテレビは伝えていた。

 テログループと言えどすぐに鎮圧されるだそうと思っていた全世界の人々は、このテログループの進撃にかなり動揺していた。亜美達は祐希のことでいっぱいいっぱいだったのであまり気にしていなかったようだが。


「すいません、遅れました」


 そこに、遅れて学校から仕事をほっぽり出してきたさくらが合流した。さくらも飲み物を頼むとそのまま席に着く。さくら自体先生の中でもとても若い方なので全く違和感はなかった。多分女子高生でも通じてしまうのではないだろうか……?


 閑話休題、集合した5人は今後の動きについて話し合った。まず、祐希の所在は南ストリアか南極とみて間違いないだろう。テログループの拠点は今の所この2つだけだ。すぐには手を出せない場所に行ってしまった祐希に、5人は何をするべきか分からずにいた。


「場所が場所ですし、相手が相手です。このまま静観するという選択肢は十分取り得ます。守谷さんを助けたい気持ちは私だってありますが、それで皆さんを危険な目に会わせるわけにはいけませんから」

「私達はそんな選択肢を取るわけないって分かってて言ってますよね?」

「やっぱりそうですよね……」


 さくらはやはり積極的に動く案には賛成しかねないようだ。先生という職柄、学生を危険な目に会わせるような事はしたくないのだろう。しかし亜美達の祐希を助けたいという想いも分かってしまう、そして表面ではああ言いつつも本音を言えば自分だって助けに行きたいと思っているのである。さくらは亜美達を止めることができなかった。


「まずは祐希の元まで行かないといけないんだけど……」

「流石にテログループの本拠地まで行くのは無理があるよね」

「でも先輩を助けるにはそうするしか……」

「……」

「未来ちゃん、大丈夫? 具合悪そうだけど」

「……あの」


 ずっと黙ったままだった未来は、俯きながらもある提案をするのだった。

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