3 - 2 ゲームが好きな天才

 学校はつまらない。


 授業なんて聞かなくても教科書を読めばだいたい理解できるし、そもそも大体の内容は中学までで既に学習済み。特例として授業中に別の勉強をしても良いことになってはいるが、結局どんな勉強も簡単すぎて飽きてしまう。

 小学校のときからそうだった。勉強の内容が低レベル過ぎて、先生のたらたらした説明にうんざりすることなんてしょっちゅうあった。中学受験を進められたが進学校になんて行ったら無駄な勉強を押し付けられるだけで全く利益はないと分かっていたので断った。既に中学入学時には三角関数も対数関数もマスターしてたし、簡単な微分方程式だって解けた。中学卒業時には大学数学はほぼマスターしていたとはっきり言える自信がある。

 高校はエスカレーターで大学に行ける付属高校に進学した。数少ない尊敬している人である両親に迷惑は掛けたくなかったし、まあそこそこの偏差値だったから示しがつかない訳でも無いだろう。これで受験とかいう面倒くさいものは回避できるし、好きなことに集中できる。両親も俺のことはよく理解してくれていたので、高校進学の際も俺の意見を尊重してくれた。

「やりたい事があるのなら、今のうちにやっておくんだよ」と父は言っていた。俺は高校と大学の7年間で「やりたい事」を見つけることにした。


高校1年の夏、学校へ向かう途中の駅で大きな広告を見た。そこにはとても綺麗な空の絵。そして……


俺は息が止まるのを感じた。


大空を駆ける戦闘機と一緒に、大空を駆ける少女の絵が描いてあった。


『 壮大な空が、君を待っている 』

『 Blue Sky Squad -2122年 7月 発売開始- 』


空。俺は小さいときから鳥を観察することが趣味だった。鳥のように空を飛んでみたいと何度も思った。そして、その思い出は勉強を重ねていくうちに薄れ、記憶の奥底に……


まるで潜水艦が急速浮上したみたいに、記憶の海の底からせり上がるように。一気に俺の脳内を埋め尽くした。


『 空を飛びたい! 』


その日は学校に行ってもインテリグラス眼鏡型HMDで情報収集を続けた。Blue Sky Squadとは。フルダイブVRについて。戦闘機の知識は全く無かったが、丁度良かったので調べてみた。鳥のように可愛らしいものは無かったが、それでも空を飛ぶことはできる。この戦闘機なんてちょっと見方を変えると……かわいいとさえ思える。


放課後、いつものようにそそくさと学校を後にすると、駅前の電気屋に入って、フルダイブVRデバイスを買った。安くはなかったが、暇つぶしに開発したアプリケーションの収入が余りに余っていたので問題はなかった。店員の女性は大学生のようで、すぐに打ち解けて同じようにVRが好きだと語ってくれた。そして俺と同じくBSSが楽しみだとも。


早く7月が来ないかと、心待ちにしていた。それまでの間、戦闘機についての知識をできる限り広げておいた。俺は何かをやる時は徹底的にやりたいタイプだから。

両親には予め話をしておいた。ゲームに興味が出たことを話すと大層驚いていた。それはまあそうだろう。このかた勉強一筋だった俺がいきなりゲームをやりたいと言い出したんだから。でも両親は話を聞いた上で、最大限協力すると言ってくれた。その後、なんと父も戦闘機について色々調べ始めたらしく、父のデスクの周りにはいつの間にか戦闘機のホログラフィックが並んでいた。その中に俺がかわいいと思った機種も入っていた。ちょっと嬉しかった。


7月になり、父と一緒に電気屋に朝3時から並びお目当てのゲームを手に入れた俺は、夏休みいっぱいをBSSで過ごした。毎日ランニングはしているし、週末は家族で旅行などにも出かけるが、平日、暑い日中はずっとBSSにダイブしていた。部活にも入ってないし、宿題は初日に全部片付けたし、もうこれ以外やることが無かった。


キャンペーンモードではEDで悔しいけど泣いてしまった。一本の映画を見た気分だった。難易度エースはなかなか難しかったけどなんとかクリアして、対人戦に潜ることにした。最初は1vs1に入っていたけど次第に相手に負けることが無くなってきてつまらなくなった。

 じゃあ分隊戦、と言っても分隊戦は一人じゃできないので、ネットでフレンドを募集して分隊を組んだ。見たこともない人と一緒におしゃべりしながら遊ぶ事が意外と面白いと気づくと、様々な人とフレンドになって一緒に空の上で戦った。次第に名前が知れ渡って行き、なかなか強い人たちのグループに招待された。

 そこの人たちは操縦一つとってもかなりの強さだったし、なんと言っても戦術的な戦いがすごかった。俺は彼らから戦術を学び、彼らに機体制御のコツを教えた。次第に俺達のグループはランキングを上げていき、もう少しで一桁になるというところまで来た。

 順調に思えた俺達のグループ。そこに一本の矢が突き刺さった。




 チート。


 チートとは、広義にはゲームにおいて本来とは異なる動作をさせる行為であり、狭義には、ゲームを優位に進めるため、制作者の意図しない動作をさせる不正行為を指す。




 俺達のメンバーの一人に、チート疑惑がかかった。俺は最初は信じていなかったが、そのメンバーは何も言わずにチームを去っていった。プロゲーマーを目指していて、あと何回か大会で優勝すればプロチームに誘ってもらえるだなんて話していたのに。結局このチームも解散することになり、俺の居場所は無くなってしまった。

 後にリーダーから聞いた話では、彼はチートを使ったことは一切なかったのだが、捏造された証拠がかなり精巧だったためにチームに迷惑を掛けたくないという思いでチームを離れたのだという。

 その話を聞いたとき、俺はなんて愚かな人間がいるのだろうと思った。妬みで一人の人生を狂わせ、一つのチームを崩壊させる。そんな事が許されるのだろうか。いや許されるべきではない。


 しかし悲しいかな、この世界は声が大きい人が強いのである。俺はそれを痛いほど思い知った。


 俺はしばらくBSSを離れた。高校を卒業して大学に入ったばかりだったし、他にも色々とやりたい事があるかもしれないと思った。そして何も収穫のない半年を過ごし、俺は一つの噂を聞くことになる。


「ゲームサークルってサークルがあるみたいだよ」

「えー、なんか引きこもりみたいな人がいるんでしょきっと」

「それがメンバーは女の子二人なんだって」

「それじゃあゲームと言っても乙女ゲームとかやってるのかもね」

「それは偏見持ちすぎだよ〜w」

「そうだね〜w」


 ゲームサークル。半年BSSから離れていた俺はふいにまたBSSをやってみたいなと思った。その日家に帰って久しぶりにBSSへダイブすると、キャンペーンモードに二人モードが追加されていた。かつて一緒に遊んだフレンドに連絡を取り、たいそう驚かれ、そして一緒に遊んだ。同じような境遇の敵側パイロットが仲間になり、一緒に空を駆け回った。もうストーリーは知っているはずなのに、もう3週目なのに、やっぱりEDでは涙が止まらなかった。


 やっぱりBSSがやりたい。


 俺はそう確信した。やりたい事を探しては来たものの、どれもピンとは来なかった。やっぱり俺はゲームが好きなんだ。BSSが好きなんだ。なんだ、簡単なことじゃないか。

 それと同時に、ゲームサークルについて俄然興味が湧いてきた。どんなゲームをやっているかは知らないけど、もしBSSをやっていなかったら紹介してみよう。やってたら一緒にプレイして色々とレクチャーしてあげよう。性格に似合わずそう思った俺は、ゲームサークルの顧問をしているという太田先生の教員室へと向かった。


 教員室の電気はついている。摺りガラス越しにうっすらと中で学生が椅子に座っているのが分かる。太田先生は学生に人気だし、先に誰かが居ることは想定済みだ。とりあえずドアの前で中の学生が出てくるのを待っているか。


「 だから、さくら先生〜 」

「 分隊を作るには――― 」

「 World Ace Championshipに出たいんです! 」


 ん?


 なんてこった。この話はまさか……?


 ええい、とりあえず確認してみるか。


 コンコン。


「失礼します。太田先生はいらっしゃいますか」


 そこにいたのは、太田先生と二人の女学生だった。

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