4 - 6 FPSとは違う

『アックス! だめだ! 高度を上げろぉ!』


『ハハハ……電気系統がやられちまったのか操縦が効かねえ……』


『クソ、もたもたしてるとあの対空砲がもう火を噴くぞ!』


『俺は置いていけ……もう失うものなんて無いんだ。逆にここまで良くもったと言ってもいいぐらいだよ』


『駄目だ、ここでお前を死なせはせん!』


『お前には感謝している。俺みたいに迂闊に死ぬんじゃねえぞ』


『……』


『な!? 何をしている!?』


『ここでお前は死なせないって……言ってんだろうがあああああ!!!』




 あ……駄目です! いや! そんな……なんで……!


 私は泣いていました。現実で泣いているわけではないです。DDの中で、もっと言えばBSSの中で泣いていました。早速BSSを遊ぼうとキャンペーンモードをやってみたら、ストーリーに引き込まれて気がついたら号泣です。自分の信念に共感して、敵国の兵士だというのに協力してくれたアックス。主人公が命をかけてアックスを助けるシーン。主人公を操縦しているのは自分なのに、まるで映画を見ているよう。


「(キャンペーンに力を入れてると書いてありましたが、さすがの完成度ですね……)」


 そして無事にキャンペーンモードが終わり、そのシナリオの完成度の高さに感動し、難易度を変えてもう一周することにしました。


「(そう言えばエースモードってありましたね)」


 難易度ACE。かなり難しいみたいで、これでクリアできれば対人戦でも上位数%に入れると言われているらしいです。

 普通の人は選ばない難易度。しかし私は自他ともに認めるゲーマー”ガチ勢”です。躊躇なくACEを選びます。


「(私だって何時間もシューティングゲームはやってきたんです。毛色の違うゲームとは言え、私ならできるはず!)」


 そして最初の戦闘で落とされるのであった。



◇◇◇



 一ヶ月後。1月も下旬となり、学年末テストが近づく頃。ゲーム部の部室で亜美たちは――


「あーもう分かんない!」

「どこが……ってどこが分からないのか分からないよ! 全部基本問題だよ!?」

「そんなこと言っても〜サインとかコサインとかアサインとか良く分からん!」

「最後は別物だね……」


「ここ良く分からない」

「あー、ここは実は最初の方に書かれていて……」

「え、こんな所に?」


 勉強をしていた。亜美と霞と美穂は数学を、未来は国語の勉強だ。祐希は勉強する必要が無いのでさっきからBSSで対人戦(1vs1)に潜っている。

 それもこれも、毎日長時間遊んでいる活動記録を読んださくらから


「赤点を一つでも出したら補修を受けてもらいます! それまでゲーム禁止です! 補習になったら同じくゲーム禁止です!」


 なんて言われてしまった為である。赤点は50点なので、50点以上取れば万事解決なのだがそうも行かない。亜美は数学が大の苦手で、未来は国語が大の苦手だったのだ。未来は情報系授業は大人顔負けの知識を持っており、理系科目に関してはそれなりの知識を持っているのだが、文系、特に国語と英語に関してはかなり苦手だった。

 亜美は全体的に勉強が苦手なのだが、その中でも数学が特に苦手で、高校時代は先生の慈悲によって赤点を免れたようなものだった。体育や音楽など、実技系の科目の成績が良かったおかげで内部進学ができたものの、主要教科に関してはかなり点数が足りていない状況だった。


 霞と美穂がそれぞれ勉強を教えつつ、自分も勉強をしている光景が最近の日常だった。流石に春休みを補修で潰すのは亜美たちも嫌なようで、しぶしぶ勉強を続けていた。


「勉強してますか〜」


 ドアを開けて入ってきたさくらが皆の様子を眺める。祐希をちらっと見たが何も気に留めず、4人のノートなどを見て回ると、亜美の所で足が止まった。基本問題で手が止まっているところを見て――


「これは……」

「が、頑張ってるつもりですよ?」

「すごいですね! 鹿嶋さんにしてはかなり進んでいるように見えます!」

「そこまで信用されてなかったのかー……」


 がっくりうなだれる亜美をよそに、さくらは他の部員にも色々とアドバイスを出していった。


「ここは実はこの順番で計算すると……」

「ああ! えっ、こんなに簡単にできる!?」

「この問題はここに補助線を引くと複雑な関数は使わなくても大丈夫ですよ」

「ありがとうございます! そっか、こんな面倒な計算いらなかったんだ……」

「ゲーム大好き先生といえどさすがは数学教員だ」

「前半はいりません!」


 亜美の茶化しに思わずつっこむが、やはりさすがと言わざるを得ない計算力、発想力、知識力である。未来の国語に関しては専門外なのであまり口出しはできないようだが。


「(これくらいしっかり勉強していたら、大丈夫そうですね)」


 安心したさくらは、亜美たちに暗くなる前に帰るよう注意して部室を後にした。そのまま教員室へと向かい、数学の試験問題作成に取り掛かる。

 授業で扱った問題をそのまま出す先生や問題の数値だけ変える先生が多い中、さくらは特殊な出題形式を扱っていた。問題文にはキーワードと数式の一部がたくさん散りばめられており、そこから自分で問題を作成して答えまで導き出す形式だ。採点はキーワードの使用率、計算の正誤、そして問題の難しさとユニークさをそれぞれ点数化して合計する。毎年誰も考えつかないような面白い問題が飛び出してくるので、さくらは毎年ひそかに楽しみにしているのだ。今年のキーワードは……


『sin, cos, (…)^2, 1/(…), 落下, 上昇, 同時, 追いかける, 発射, 直撃, 重力, 空気……』


「(こんなところですかね)」


 ミサイル、と書きかけてすんでのところで止めておく。どう見ても最近になってハマったBSSの影響を受けているが、毎年そんな感じなので問題はない。ちなみに去年はギターにハマったので弦だとか音波だとか和音などが並んでいた。まだ今年のほうがマシだと思ってしまうのは既に手遅れか。


「(それじゃあ、今日はここらへんにして帰りますか)」


 さくらはそそくさと荷物をまとめて教員室を後にした。もう外は暗くなっており、空には周りの明るさに負けずたくさんの星が光っていた。

 一人用のオートカーを呼び、3分と待たないうちに目の前に到着した車に乗り込んで家まで帰る。いつもと変わらない流れだが、今日のさくらはとても気分が良かった。


「(早く帰ってBSSをやりたいなぁ〜今日は大型アップデートの日でしたよね)」


 BSS運営から、新しい戦場と新しい機体を追加する大型アップデートの告知が先週からされていた。そしてそのアップデートが今日のお昼にあったのだ。既に自動アップデートをオンにしてあるさくらのBSSにはアップデートデータがインストールされている頃だろう。また新しい機体と一緒に新たな特殊ペイントも追加されており、さくらの一番のお楽しみはこの特殊ペイントにあった。

 さくらのお気に入りゲームの一つであるFPSゲームと連動したコラボ企画にて実装されるペイントで、そのFPSのキャンペーンモードで主人公の支援を行う戦闘機部隊カラーが実装されるのだ。さくらはこの戦闘機部隊の大ファンで、その戦闘機に乗っている老兵が大好きだったのだ。

 兵士となって30余年、部下の機を落としたことは一回もなく、50を過ぎても前線で戦い続けるその姿を讃えて”鋼鉄の老兵”と呼ばれていたその戦闘機乗りが操る戦闘機のペイントが実装されると知って、この一週間を待ちきれんとばかりに過ごしていたのだった。

 家に着くとすぐに家事をすませ、ご飯を食べ終えるとベッドに横になる。DDを装着してダイブし、迷わずBSSを起動した。


「(スタート画面が変わってます!)」


 今までとは違い、コラボ用のスタート画面になっており、バージョンを見るとしっかり新しいバージョンにアップデートされている。

 そして、実際に練習モードで機体を選んでみると……


「(ありました! これが……”鋼鉄の老兵”カラー!)」


 全体は黒い緑、翼には黄色のラインが数本。そして、カナード翼と尾翼は真っ白。青空の戦場では目立つこのカラーリングも全て敵の狙いを自分に向けて僚機を安全にするためだった。

 実際にそのカラーリングにして飛んでみると、なんとステージがFPSのキャンペーンで鋼鉄の老兵が大活躍した街になっているではありませんか。


 さくらはそのキャンペーンを思い出しながらビルの隙間を縫うように飛び続けた。既にACEモードもクリアできるほどの腕前に成長していたさくらにとってビルの隙間を飛ぶことなど容易いものだったが、対人戦で上手く勝てないでいた。どれだけ上手く飛べても、なぜか気がつくと敵が後ろにいる。大体勝率は5割ちょっとだった。

 さくらには弱点があった。FPSゲームをやりすぎて、攻撃を受けることに躊躇いがないのだ。FPSゲームは大体攻撃を受けてダメージを負っても時間経過で回復するし、攻撃を受けても行動に支障が出ることは少ない(ダメージを受けると動きにくくなるシステムを持つFPSも最近出始めてはいる)。しかし対人戦ではノーマルモード、所謂自然回復なしモードでの対戦となるため、さくらは少しずつ攻撃を食らってしまいやられてしまうのだ。気がつくと飛ぶだけでやっとの状態。

 ご丁寧に攻撃を食らう場所によっては即死もあり得るし、翼をやられると旋回に支障が出る、エンジンをやられると加速ができなくなるなど、攻撃を食らうだけでかなり制限がかかってしまうのだ。さくらは今まで”肉を斬らせて骨を断つ”方法でFPSではそれなりに上手く立ち回ってきたが、ここでは肉を斬らせた瞬間から自分には制限がかかるため、相手の骨を断てないという事がしばしばあった。

 すると自分が少しだけダメージを食らっただけ、という状態が立て続けに起こり、結果やられてしまうのだ。

 さくらはこの自分の癖を把握しており、最近になって少しずつ解消はできてきたのだが、まだ完璧とは言えなかった。


「(もう少し上手にならないとですね……)」


 そう思いながらビル街を飛び回るさくらだった。

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