4 - 8 楽しい毎日

 例の事件(さくら先生BSSやってた事バレちゃった事件)から約1ヶ月。長い春休みも残り1ヶ月を切った頃、それぞれの家からBSSにログインしていたさくらを除く5人は、オフラインモードで自主練をしていた。さくらも来れる時は積極的に分隊戦をしているおかげで実力をぐんぐんと伸ばしていた。今日はさくらも途中から合流する予定だ。


「そろそろ来るかな〜」

「亜美ちゃん、先生は私達と違って暇じゃないんだよ?」

「もしかしたら午前中は別の人とゲームやってたりしてな」

「もう、祐希ちゃんまで〜」

「さくら先生、遅いですね」

「ロビーのミニゲームも悪くない」


 DDのロビーで雑談をしながら待っている5人。ちなみに未来はロビーのミニゲームで遊んでいる。簡単な射的ゲームとかドミノとか、結構ミニゲームが充実してるんです。

 そして今日も|World Ace Championship《WAC》に向けて練習をする予定。

 WACは6月に控えており、その大会で上位に入ることがゲーム部の一応の目標なのだ。


「おまたせしました~」

「あ、さくら先生! こんにちは〜」

「こんにちは、さくら先生」

「こんにちは」

「こんにちは、皆さん。さあ、時間ももったいないですし始めちゃいましょう」


 すでにさくらは亜美たちと一緒にゲームで遊ぶ事に躊躇いはないようだ。そして今日もいつもと同じように分隊戦に潜っていく。



◇◇◇



「そう言えばさ」

「ん〜?」

「私のこと”亜美ちゃん”、って呼ぶでしょ?」

「う、うん」


 分隊戦でいつものごとく圧倒的な勝利を飾ったトキワ隊。もうチームプレイにおいては改善するところが分からない、とは言わないがもう完成に近づいていると言っても過言ではない6人だが、亜美曰く重要な問題が一つあった。


「”亜美”じゃだめかな?」

「やっぱり長い……かな?」

「駄目だとは思わないけど、やっぱり……長いよね」

「なんかここまでずっと誰でも”ちゃん”とか”さん”って付けて呼んでいたから、呼び捨てに慣れなくて……」

「いい機会だしさ、後輩ちゃんたちもゲーム中くらい呼び捨てで良いじゃない? ほら、TACネーム的な」

「それは……」

「想像以上に難しいかも?」


 亜美は、無線で『亜美先輩』とか『亜美ちゃん』と呼ばれるたびにちょっと長いかな……と思っていたのだ。無駄に長いといちばん重要な本文を聞く時間が遅くなってしまう、それならもう呼び捨てでいいじゃん、と考えるようになっていた。


「俺も呼び捨てで構わないが」

「だよねだよね。ゲームくらい先輩なんていらないから」

「頑張ってみるね……」

「できるかなぁ」

「善処します……」


 それぞれの反応は怪しげだった。これはちょっとやそっとじゃ変わらないぞ……!


「あの……」


 すると、さくらがおもむろに手を挙げた。皆はさくらが何を言わんとしているかをすぐに察知し、


「「「「さくら先生はさくら先生!(です!)」」」」」

「えぇ……」


 即答するのだった。



◇◇◇



 結局、春休みはBSSばっかりやっていた亜美だったが、密かに練習している技があった。


 超高高度飛行である。


 超高高度飛行とはその名の通り超高高度を飛行することなのだが、これにはかなりの技量が必要なのである。ただ上昇して飛ぶだけ、等と思ってはいけない。上昇にも限度があり、その高さより更に上に行くには特殊な操縦が必要なのである。具体的に言うと、飛行限度よりも少し低いところでできる限りスピードを出して、そのまま機首を引き上げると、飛行限度を超えた高さまで飛行が可能になるのだ。

 エンジンの噴射で上に行く、というよりは運動エネルギーを空気抵抗で位置エネルギーに変換する、といった動きに近いのかもしれない。軌道は砲弾のようで、頂点に達した時はエンジンは上手く回らず、操縦桿もほとんど効かず、ただただ落下するだけ。しかも高度の関係で外気圧は極度に低く温度は-50℃前後。

 こんな危険を犯してまで手に入れたいもの。それは高度である。この高度では宇宙船でも無い限り全ての戦闘機が自分より低空にある。下側だけを観測するレーダーを持つ機体がこの高さを航行したら、全ての戦闘機が丸見えになるだろう。しかしずっといられれば十分メリットがあるがこの高さに行けるのは一瞬である。そのためこの航行方法は浪漫、遊びとして捉えられることがほとんどだった。

 しかし亜美は違う考えを持っていた。この超高高度飛行によって一度でも全ての戦闘機の上空に行けるのなら、そこから何かしら攻撃ができるのではと考えていたのだ。重力をも利用した垂直ミサイル攻撃や、範囲爆弾を落として広範囲爆撃など、どう考えても浪漫でしか無い戦法をいつか使う日が来るかもしれない。そう思いながら毎晩数回だけ練習するのだった。

 そしてある日。


「やった! 成功した!」


 今までは目標高度までたどり着けなかった亜美だが、やっと目標の高度まで達することができた。その高度は25万km。もう上空は真っ暗で、地球が丸く見える高さだ。


「綺麗……」


 しっかり再現されているようで、丸い地球に薄い雲の層がよく見えた。

 そしてその後も何回も挑戦し、安定して超高高度飛行ができるようになったのだった。



◇◇◇



「おひさ〜!」

「おひさ〜まあ昨日BSSで一緒に遊んだけどね」

「まあまあ、リアルで会うってのは重要なことなのだよ」

「遅れてすまない」

「いやいやいま来たところだよん」


 3月も中旬ごろ。修了式を明日に控え、久しぶりに三人で遊ぼうという事になった。どこかへ遊びに行くでもなく、駅前のクレープ屋でお気に入りのクレープを食べて洋服やヘアアクセを見て回るだけの一日。でも三人で話しながらだとこの一日もあっという間だ。ちなみに今日はテーマが決まっている。亜美の全身コーディネート大会だ。

 既に霞と祐希のコーディネート大会は開催されているので今日が最後の大会となる。霞と祐希が話し合って一番亜美に似合う服を見繕うのだ。


「いいね〜このヘアピン」

「さすが、祐希ちゃんはセンスがいいね」

「見た瞬間にそれ付けた亜美が想像できたからな」


 亜美の髪には星をあしらったヘアピンが付いていた。またそれだけでなく、濃い灰色のシンプルでかっこいいマフラーも目を引く。


「かすみんのマフラーなんか私のためにあるようなものじゃん」

「私もそのマフラーを見た瞬間に亜美ちゃんが想像できたよ」

「これは女子だと亜美にしか着こなせないな……」


 マフラーを選んだのは霞だった。オレンジ色の髪と対比になって強調せず、全体の印象をシュッとさせるマフラーは亜美にぴったりだった。気に入りすぎた亜美は夏用に冷感素材の物まで買う始末だ。


 一日中喋り通して満足に買い物をした三人は、日が暮れる前にそれぞれ帰路についた。


「それじゃあまた、明日ね」

「明日は8時半集合だからね、忘れないでね」

「わーってるよ、俺が遅刻したことなんてないだろう?」

「まあ、そうだね。それよりかすみんの方が心配」

「ま、まあ大丈夫でしょう!」


 そんな事を言い合いながら手を降って別れた。




 明日になればまた会える。




 それが日常。




 そんな日がずっと続くと思っていた。




 ……今日までは。

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