4 - 3 祐希流ミサイルの避け方講座

 ピーピーピーピーピー!


 ミサイルアラート!

 その時私は低空にいた。


 いきなり鳴り響くアラート。未来はすぐに旋回を始めた。祐希は狙いを美穂に移したようで、心臓に悪いアラート音はすぐに止む。


『よし、次は逃げる練習だ』

『わわ! い、いきなりですか!?』

『そうだ、頑張って避けるんだぞ』


 そんなやり取りの後、すぐにミサイルの推進音が聞こえる。上空を見ると美穂らしき機体がミサイルから逃げているのが見えた。かなり遠くから撃ったのだろう。レーダーではミサイルは美穂の後方30kmの位置辺りを飛翔していた。


 そんな様子をのんびり見ていると、亜美がリスポーンして戻ってきた。


「(またかすみん先輩と戦うのかな……)」


 そう思って霞の機体を目で探すと、はるか上空で二人を見守るかのようにゆっくりと飛んでいるだけだった。亜美の機体が近づいているが、一向に無線を交わす気配はない。そして、祐希とお互い今撃てば必ず当たるだろう距離まで近づいた所でやっと無線が交わされた。


『おまたせー!』

『お、やっと来た』


 亜美の声と霞の返事が無線から聞こえる。そして亜美の機体は戦いを求めて霞の方へ……向かってない。



 ピーピーピーピーピー!



「(またか!)」


 本日二度目のミサイルアラート。しかし霞ははるか上空、祐希は美穂を追っていたはず――


『さあ、未来ちゃんは私がお相手だ!』


「やっぱり亜美先輩かあああああ!!!」


 ピーーーーー!!!


「(もう撃たれた!?)」


 速度を上げ、上昇する。このままでは下降しながら避けることができない。とりあえず逃げやすい上空へ移動しなければ!


 実は、ミサイルは自分よりも上側の敵機を追いかけるほうが得意なのである。シースキミングなどという言葉が存在するように、海面スレスレを飛ぶことでミサイルから逃げる、という選択肢も取れるのだ。しかしその際には少しでもミスったら即墜落、というピーキーな状況になるため、かなりの操縦技術が必要とされる。


『あれあれ、上昇なんてして良いのかなぁ?』


 当然亜美は未来が上昇したのを見てニヤケ顔で言うのだが、未来にはそんな煽りに反発するほどの余裕は残されていなかった。無慈悲に迫るミサイルに恐怖を抱き、必死に旋回を行う。


――未来は負けず嫌いだった。撃たれたら撃ち返す、そうでもしないと気がすまない。そんな考えが頭の中をぐるぐると回り続けた。すでに先程亜美たちにむけて先制で一発ミサイルを撃っているのだが、こんな状況では思考の外である。そして、亜美の機体を目視で捉え、ミサイルから逃げながら……


『うわわ、撃ってきたよ!』


 亜美にミサイルを放っていた。依然ミサイルは追いかけてくるが、スピードはかなり落ちていた。


「(これなら避けられる!)」


 未来はそう確信すると、更に旋回しミサイルから逃げ続けた。その旋回先が先程から逃げ回っていた亜美の機体のある方向だと気づいたのは、


『もう一本追加ァ!』


 亜美からの二本目の”プレゼント”を受けた時だった。



◇◇◇



「……ここは?」


『未来ちゃーん、右下あたりに浮いている再出撃ボタンが光ったらそれタッチして戻ってきてー!』


 亜美の声が聞こえた。よく見ると、最初に機体を選択した場所と同じ空間だった。目の前には巨大な昇降機があり、一台のNF-7が積まれていた。


「(まだ光らないなぁ)」


 再出撃までには少々時間がかかるらしい。未来はそれまで他の機体を見ることにした。


「(NF-14、可変翼かぁ)」

「(NS-37、機動力が他に比べてかなり高いね)」

「(NF-0、初めて動力に対消滅が用いられた機体で、他の機体に比べて速力が高くなってる……らしい)」

「(NF-70、現在開発中の戦闘機、フルダイブ技術を応用したもので、機動力が高い)」


 そんななか、未来は一つの機体に目が惹かれた。


「これ、好きかも!」


 目の前には説明と一緒に実物が展示されている。


――NF-35。通称ライトニングII。全体的に丸みを帯びていて、単発エンジンなのでかなりエンジン径が大きいのが特徴。戦闘機という括りではなく、攻撃機としての役割も可能な『マルチロール』機という括りになっている。CTOL(通常離陸)タイプのA型、VTOL(垂直離陸)タイプのB型、空母での運用をメインとしたC型の3つが存在するが、今作ではA型の操縦が可能である。このステージは海の上なので空母発進なのだが、そこは最新技術でどうにかしているという設定だ。


 丸みを帯びていると言うが、悪く言えばずんぐりむっくりな形である。開発された時代に合わせて性能を調整しているBSSでは本機の特徴である機能がことごとく他の機体でも可能になっており、例えば当時は機体の下側は見えていなかったが、本機はHMDによって360°の視界を得ることができていた。しかしBSSでは標準で360°が見渡せるため、どの機体でもこの機能が標準でついているのだ。BSSユーザーの多くは機体のかっこよさも含めて愛機を選んでいるのでこの機体はあまり人気でないのが実情だった。

 実際の性能では改造を含めて運用年数70年以上とかなりの長寿機でベストセラー機でもあるのだがこのような不人気さから不憫機と呼ばれるほどであった。


 しかし未来にはそのフォルムが……


「かわええ」


 とても可愛く見えていた。


「次はこれで出撃してみよう!」


 そう言うが早く、未来はNF-35を選択し、ちょうど出てきた再出撃ボタンをタッチするのだった。



◇◇◇



『あれ、未来ちゃんまだ来ないのかな?』


 亜美が低空で未来の事を心配していた。実は未来は既に出撃しているのだが、NF-35独特のステルス性能がゆえにレーダーに映っていなかった。

 ステルス性能に関しては、NF-35時代にレーダー技術と画像解析技術が向上し、ステルス性能をどれだけ極めてもくっきりはっきりレーダーに映るようになってしまったため、急遽ステルス性能を捨てて機動性や巡航距離、スーパークルーズを超えるハイパークルーズ(マッハ5以上を維持する)性能やペイロードの向上に舵を切ったという過去がある。そのためNF-7等の後継機はステルス性能を捨てている。

 BSSではステルス戦闘機時代の特徴を表すために、実際にはありえないことであるがレーダーに映りにくいという設定がされていた。


「(もう後ろ側に居るんだけどね)」


 実はこの時点で上空に居た霞は未来のことを目視していたのだが、面白そうという理由で亜美には黙っていた。祐希に関しては、美穂の逃走力がかなり高いらしく意外と苦戦していた。


 未来は亜美に撃墜させられたためにやり返すという気持ちでいっぱいだった。最初に亜美にミサイルを打ち込んでいることはまだ思い出せていないようだ。

 そして、ミサイルを撃つためにウェポンベイを開いた。ミサイルが出てくることでかなりステルス性能が落ちるのだが、未来はしっかり考えて中距離ミサイルを持ってきていた。まだ亜美には気付かれない遠さから、二発の中距離ミサイルを撃てば、あの亜美でさえ撃ち落とせるだろう。


 美穂にできたこと。わたしにだってできるはず!


「――FOX1!」


 そう言うと、右手で片手持ちした銃を亜美の機体に向かって2回撃つ。低く豪快な音を立ててミサイルが2発飛んでいく。亜美はまだミサイルに気づいていない。ミサイルは海面スレスレをシースキミングしながら亜美に迫っていく。そしてかなり近づいた所で――


『――えっミサイル!? しかも2発! ちょ、ちょい待ってぇ!』


 亜美は近づいてくるミサイルをやっとレーダーで捉える。しかしそのミサイルは既に上昇ポップアップして亜美の機体をシーカーで捉えていた。


――もう遅い。さっき美穂が撃ち落とした距離よりも近い!


 ミサイルが当たることを確信した未来はガッツポーズをしながら迫りゆくミサイルを見守っていた……その時。


『へへっ、もうこの高さでのミサイル回避は何回もやってるんでね!』


 亜美の機体がいきなりその場で180°回転した。水平に。もう一度いうが、”水平に”180°回転した。高度を変えずに、機首だけ後ろを向いたのだ。実は、航空機は逆側に進んでいても揚力は得られる。このように後ろを向いた状態でも、先程に比べればかなりスピードは落ちていたが揚力は得られていた。


「(この化物! どうしてそんな機動ができるんだ!)」


 そして亜美はそのままスピードを落とし、空中で――”止まった”。いや、下には落下していたのでそれでは語弊があるだろう。具体的には、”水平方向のスピードが0”になっていた。

 そして、それと同時にA/Bを焚く。亜美の機体はミサイルに向かっていくように……は行かず、そのまま急降下していった。そして海面スレスレで機首を戻し、そのまま超低空飛行に移ったのだ。


『亜美ちゃんはいつも決めちゃってるけど、普通はもっと高い所でやる機動なんだよ?それ』


 霞が上空からその様子を見てため息を付いている。航空機についての知識なんて皆無の未来でさえ、あの動きはおかしいと直感でわかる程だった。


 ちょっと前で話したように、ミサイルは下側の敵機を追跡する事には向いていない。ましてや海面スレスレの敵機に相対方向で当てようものなら、ちょっとの制御のズレで海ポチャ必至だ。

 亜美はそのままシースキミングを続け、ミサイルとの距離を詰めていく。そして――


『今!』


 そう言うと同時に一気に機首を上げ更にA/Bで速度を上げる。それと同時にチャフをばらまいた。ミサイルは2本とも、先程まで亜美が居た場所にあるチャフに向かって飛んでいき……

 亜美には当たらずに爆発した。


『ふっふーん、私を落とすのはまだまだ先だね』

『さっき美穂ちゃんに落とされたけどね』


 霞がノリノリの亜美に釘を差したのだった。

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