序章

序章

「えーではこれから、国立総合技術開発研究機構による記者会見を行います」


 いつになくざわつく記者達。しかしその反応は特段おかしいものではない。今日の記者会見の議題を知っていたならば皆が同じ反応をするだろうと私は断言できる。

 マイクが一本だけ置かれた、大洗大学の校章があしらわれた立派な教壇の少し上の方には、ディスプレイが天井から吊るされており、今日の議題が画面いっぱいに表示されている。



「完全意識投影型仮想空間について」



 百数十年前から創作物の舞台として描かれてきた俗にいう「フルダイブ型VR」。知らない人の方が少ないとさえ言われている現在だが実現に向けた進歩は今の所一切なかった。まだ脳機能の仕組みが解明されていないのだから当然ではある。今までにも資金を大量に注ぎ込んで解明を進めようとした世界でも指折りの有名企業が何社も、いや何十社もあったが、その全てが技術力の不足が原因でプロジェクトを畳んでいた。ここ最近は各企業とも結果が出ないフルダイブVRプロジェクトに資金をつぎ込む意義を見いだせず、小規模な研究さえ一握りとなっている。

 結局フルダイブVRは小説の中の話、と言われ続けて数十年。そんな今、いきなり記者会見だと言うんだからこれは大きな記事が書ける、そう思っている記者たちが多いのは当然だろう。


 私だってそんな記者の一人だ。今日の会見は脳機能の仕組みが一つ解明された、そしてそれがFDFull-DiveVRに繋がる、ってところだろう。事前にリークされている情報をもとに既にそのような内容で記事は作ってある。今回のリーク元は少し信頼性に欠けるが、間違っていた所は会見中に手直しすればいいだろう。あとは会見中の発言や様子を書き込んで、写真をつければ記事の完成だ。

 事前準備が素早く良質な記事を書き上げるコツなのだ。


「では、まずはじめに大洗大学名誉教授である那珂博士、よろしくお願いします」


 会見が始まった。一斉に記者たちは黙り込み、聞き取りに徹している。

 今の時代、会見中の発言は全てあの一つのマイクで拾われ、自動で瞬時に文字に書き起こされる。楽になったものだ。マイクの邪魔にならないよう、私達はキータップ音も鳴らさずに椅子の上で座ってるだけ。その間に話を聞き、質問の内容を考え、誌面編成を考慮する。そして発言が終わったら直ぐに会見内容を織り込んで記事を書いていく。後は本部に送って校正をし、全世界へ発信する。何度もやっているので段取りは既に頭の中に叩き込まれている。今日もいつもの段取りをこなすだけだ。


「はい、紹介にあずかりました那珂です。今日の議題についてですが、最初に明言いたしますと、完全意識投影型仮想空間、世間では『フルダイブ型VR』などと言われているようですが、これの開発に目処が立ち、来月にも皆さんにお見せできるだろうと言うことになりまして――」


「……え?」


 い、今なんと言った?


『開発に目処が立った』


『来月にも皆さんにお見せできるだろう』


 そんな文字が画面に並んでいる。周りを見渡すと、他の記者たちもポカンと口を開けて那珂博士の方を眺めていた。カメラ担当さえ撮るのを忘れているようで、発言が終わっているにもかかわらずタイプ音もシャッター音も一切聞こえない。誰も喋らず、物音もしない、静かな会見になってしまった。この無音には那珂博士も驚いていたようだが、続けて経緯を述べ始めた途端、まわりの記者たちは我に返って記事作成に取り掛かり始めた。

 もう音を立てない等と言った暗黙の了解など捨て去り、那珂博士の発言を聞きつつ記事を修正していく。カメラが今までで一番激しく仕事をしている。事前作成の記事が一気に無用の長物となってしまい、私も書き直しをしないといけないのだが、いかんせんインパクトが大きすぎて頭が働かない。那珂博士の言葉を一つ一つ噛み締めるだけで精一杯だ。


「昨年、とある研究により今までネックとなっていた脳機能の解明がついになされ、五感の制御が可能となりました。このブレイクスルーによって更に開発が進み、大手電子機器メーカーである常陸さんの協力を得て、制御端末の開発に成功、まだ実用化できるほどのサイズになっていませんが、それは今後改良していくとして、まずは医療分野での活用を目指して鋭意検証中でございます」


 あっという間に会見時間は過ぎていった。気づいたらもう質疑応答の時間だった。私は絶対にやっておかなければならない質問をするために、誰よりも先に挙手をする。


「那珂博士は既に本装置を使用されましたか? もしそうならばその時の感想をお聞きできますか?」


 那珂博士はニッコリして質問に答える。まるで待ってましたと言わんばかりのように。


「ええ、実際に使用しました。感覚としては普通とあまり変わらない、強いて言うならば少し体が浮いて感じる、重力が弱いと感じる程度ですね。これは今後の研究開発で出来るだけリアルに近づけていきたいと考えております。HMDを用いたVRとは比べ物にならないリアルさで、歩き回れますし音楽を聞くことも出来ます。味覚も嗅覚もありますので、実際に食べ物を食べて味を楽しむことも可能です。これでリアルにほど近いシミュレーションが可能になるでしょう」


 発言が終わる度に記事を書き直す音が鳴り響く。普段は発言を挿入してちょっと文体を変えるだけだが、今日だけは違う。他の記者たちも必死に新しい記事を書き起こしているところだろう。

 しかし驚いた。発言によればもうほとんど完成していると言っても過言ではないではないか。これは、今年一どころか今世紀一の記事になるぞ!



◇◇◇



 時は2050年。世界中を巻き込んだ戦争から約20年が経ち、各国の復興も進んできた中、新しいプロジェクトが立ち上がった。


――北極及び南極におけるサーバ基地建設計画――


 近年のアンビエント社会には大容量のサーバが必須だが、土地や電気の問題が重くのしかかっていた。南極及び北極は平均気温が極度に低く、また南極では広大な土地が残っており、発電所併設型の巨大サーバ基地を建設するには絶好の土地だった。北極は大陸が存在しないため、海上基地を建設することになった。

 計画は実行に移され、それ以前に世界中に存在していたサーバの3倍を超えるサーバ基地が出来上がった。世界中の国家及び企業がサーバを利用し、また基地管理のために継続的な資金提供を行っていた。特に南極は広大な土地を活かして北極の10倍を超える巨大基地を建設していた。その大きさ、実に数年前に改編された東京旧23区の3倍以上であった。

 基地管理のために提供された資金はサーバ維持費とその重要性から編成された国連による対テロ用サーバ防衛部隊の維持費に使われていた。武蔵国は常任理事国の一国として、そして国連を主導する立場として本計画を先頭に立って推し進めてきたのだった。



◇◇◇



 時は流れて2102年。極地サーバが稼働し始めて数十年が経ち始めた頃。


AAntarcticaSServerSSecurityFForces航空軍第201戦闘機隊ウォースパイト】


IIntegratedCcommandPpost(統合指揮所)、こちらウォースパイト。未確認飛行物体を目視。しかしアクティブレーダーに反応なし」


「ウォースパイト、どこかの特殊戦闘機の可能性もある。以降当該アンノウンをアルファと呼称。接近し、退去警告だ」


「ウォースパイト、了解」


 俺は指揮所から指示を受け、天文台より報告があった物体に向けて乗っていた戦闘機を接近させる。そこそこな大きさの物体がまばゆく輝きながら落下していた。何度レーダーを見ても反応は無く、目視でしか確認できない。どこかの国、もしくはテロ組織が秘密裏に開発したステルス機だろうか。それとも時代遅れの衛星ミサイルか? 大昔には運動エネルギー弾なんてものもあったらしいが。いずれにせよ、こちらに一切の連絡が無いことは確かだ。


「ICP、こちらウォースパイト。アルファ、落下速度落ちません。このままだと地表面に衝突します。」


「ウォースパイト、落下予測地点付近になにか見えるか?」


「いえ、何も見えません。広い雪原、ところどころ岩肌が見えます」


「ウォースパイト、予定変更。アルファ落下後、上空を飛行し地上の写真を撮影後帰還せよ。アルファには別働隊が向かう」


「ウォースパイト、了解」


 落下時の衝撃は気にならないという結論でも出たのだろうか。しかしサーバには少なからず影響は出るだろうな……


 そんな事を思いながらウォースパイトは一人、戦闘機を飛翔物体へと向けるのだった。

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