第五章 失踪

5 - 1 修了式

 9時。久々の登校に、クラスメイトたちは溜まりに溜まった話題で話に花を咲かせている。亜美も霞と一緒に講堂の後ろの方に座って、敵機に真下にくっつかれた時の対処法について議論していた。


「でもさ、ここで速度落として相手の後ろに出た所でさ、近すぎて逆に発射できないじゃん? 離れるまで待ってたらその間に後ろ向きにミサイル撃たれちゃうかもよ?」

「でもそれ以外だと何ができるかな〜例えば上昇して相手と縦に距離を取るとか?」

「それだと相手が速度落として後ろから斜め上にミサイル発射、だね」

「そうかぁ〜」


 普通の女子大生がするような会話ではないが、まわりのクラスメイト達はいつものことかと気にも留めていない。二人がBSSについて熱く語っているのはいつものことだった。


「そう言えば祐希ちゃん遅いね」

「昨日自信たっぷりに『俺が遅刻したことなんてないだろう?』とか言っちゃっててこれだから」


 亜美は渾身の声真似で昨日の祐希のセリフを再現する。あまりの似てなさに呆れつつ霞はインテリデバイスの通知欄をじっと見ていた。ちなみにこのインテリデバイス、ゲーム部がまだサークルだった頃、最初に買ってもらったあの上栖製高性能インテリデバイスである。さくら先生の許可をもらい、学校にいる間の使用を許可してもらっていたのだ。

 授業中に遊んでいたりしたら即取り上げ、という条件はもちろん付いているがそんな当たり前な事以外では制限は無く、自由に使って良いとのことで、亜美達は大喜びで毎日学校に来ては装着していた。


「(返事なし。祐希ちゃん、どうしたんだろう……?)」


 一応コネクトチャットアプリで呼びかけてみたが音沙汰なし。既読すらつかないのでもしかしたら寝てるかもしれないと思っていた。祐希にしては珍しいが、それ以上のことは考えていなかった。どんな人でも起きられない朝はある。祐希は今日がその朝だったのだろう、ぐらいにしか考えていなかった二人は、そのまま講堂で修了式を終え、新学期の話を聞き、さほど重要では無さそうなプリントを受け取り、一緒に昇降口へと向かっていた。


「結局祐希ちゃんから連絡来なかったよ」

「既読もつかない?」

「うん。どうしたんだろう? 一度祐希ちゃんの家に行ってみる?」

「心配だし、行ってみよう」


 夕方になっても祐希から連絡が来るどころか既読がつかず、少し心配になってきた二人は祐希の家へと向かうことにした。


「(――病気? 事故? どちらにせよ只事では無いような気がして落ち着かない……!)」


 心配する二人は次第に早足になっていた。




◇◇◇




「ちゃんと、出ていった……?」

「ええ。ちゃんと、朝の7:52の電車に間に合うように家を出発したはずです」


 早足で向かった祐希の家では、既に世間話をするほどの間柄になっていた祐希の母親が夕食を作っていた。三人はこの半年でかなりの回数、祐希の家にお邪魔していた。もちろん遊ぶためでもあるが、亜美に関しては勉強を教えてもらうという意味でも何回か祐希の家を訪れていた。

 今まで友人を家に連れてくることなど片手で数えるほどしか無かった祐希が、久しぶりに友人を連れてきた事に祐希の母親はえらく感動してしまい、訪れるたびにお菓子やら飲み物やら、時には夕飯すらご馳走してもらった事もあった。

 亜美は早速祐希の家に着くとインターホンを鳴らし、祐希の母親に祐希が学校に来なかったことを伝えて、家の中に案内してもらったのだった。母親は夕飯作りを中断して亜美と霞の話を聞くことにした。そこで、今朝は何も変わらずいつものように家を出発したことを伝え、亜美たちに今日学校にいなかったことを伝えられたのだった。


「まさか、道中で事故でも起きたとか?」

「怖いこと言わないでよ……」


 そう言いつつ霞が祐希の母親をちらりと見やると、案の定顔が真っ青になっていた。当然だろう、可愛い可愛い愛娘が行方不明だなんて言われたら普通はこうなる。それでもすぐに冷静になり、父親に連絡をしてすぐに帰ってきてもらうよう伝えていた。


「すいません、祐希の部屋に入らせて貰えないですか? 何か手がかりがあるかも……」

「もちろんです、一緒に行きましょう」


 階段を登り、母親とともに祐希の部屋に入る。祐希の部屋は、いつものごとくきれいに整っており、壁の上の方には賞状が額縁に入って飾られていた。この賞状はそこまで凄いものじゃないからここに飾っている、すごいやつはリビングにあるんだ、とはいつか祐希の部屋でボードゲーム合宿をやった時の話だ。机を見ても、ベッドを見ても、何一つおかしい所は見当たらなかった。


「とりあえず事故では無さそう。今日の出動件数は0件だって」


 警察の出動件数を調べていた霞は、地域と時間を絞った所で0件という結果が返ってきたので少し安心していた。


「そうなると、祐希はふらっと学校ではないどこかへ向かったってこと?」

「祐希ちゃんがそういう事するタイプだとは思わないんだけど……」


 二人と祐希の母親は、ある一つの可能性を意識の外に追い出していることに既に気付いていた。考えたくもない、ある一つの可能性。


「とりあえず一旦警察に連絡して、今晩までに戻らなかったら捜索プログラムをお願いすることにするわ。それで、警察の方に人に亜美ちゃんと霞ちゃんからも色々説明してほしいのだけれど……」

「もちろん大丈夫です。私も祐希のことが心配ですし」

「私も、祐希ちゃんの為なら頑張ります」

「何から何まで本当にありがとうね。時間も遅くなっちゃうだろうから、夕飯を食べていってちょうだい」


 そう言うと祐希の母親は部屋を出ていった。この後警察に連絡して、警察を迎える準備と夕飯の準備をするのだろう。娘の危機かもしれない状況で猫の手も借りたいほどの状態にある祐希の母親に何かお手伝いができないものかと二人は思考を巡らせていた。とりあえず二人は家族に連絡をとり、簡単に状況を説明して今晩の帰りが遅くなることを伝えた。

 祐希の家なら安心して任せられるのだろう、亜美の両親からは友人探しが上手くいくと良いなと返事が帰ってきた。霞の両親もなにかできることがあったら言ってねと返事が返ってきていた。これで二人は祐希探しに集中できる。


 まず亜美はタブレットでネット上のチャットサイトを一通り眺めて祐希の情報がないか探してみた。全世界が使っているサイトなのでもちろん情報量はとてつもないのだが、それでも親友探しのためならとできる限りの情報収集を続けた。


「うーん、今日は特に事故とか事件とか起きてないし、祐希の好きそうなイベントも無さそうだな……」

「祐希ちゃんがふらっと行ってこの時間まで帰ってこないイベント……想像がつかないよ」


 二人は既に”祐希ふらっとどこか行っちゃった説”が信用するに値しない事に気がついていた。どう考えても、祐希の性格から見てもそんな事はありえない。では祐希は今どこで何をしているのか。既読すら付けられない用事とは一体なんなのか?

 考えるほどに一つの可能性以外が消去されていき、浮き彫りになっていく。しかしその言葉を口にした瞬間、まるで祐希が帰って来なくなるかのような感覚に陥ってしまうだろうことは容易に想像できた。それゆえその消去できない”原因”を二人は切り出せないでいた。


 どれくらい時間が経っただろう。二人はチャットサイト上で情報収集を続けていた。自分たちはこんなに焦っているというのに、チャットサイト上は世界中の人々がのんきにボケをかますチャットで溢れていた。亜美は性格に似合わずストレスが溜まっていき、やがて連絡一つよこさない祐希に怒りさえ感じ始めていた。


「あんにゃろ、帰ってきたら一発殴ってやる。絶対忘れんぞ」

「亜美ちゃん……」


 亜美の固い決意を横目に検索をかけ続けて祐希の情報を探っていた霞は、ふとあるチャットに目が止まった。そこには短い文章でこう書かれていた。


『北裏電気の従業員っぽい人が裏路地に入っていくのを見た。なにしてるんだろ?』


「(北裏電気っていつも見に行ってる駅前の電気屋……?)」


 そしてその人のチャットはそこで止まっていた。それまでは一時間に2~3チャットだったのが、そのチャットを境に2日ほど何も投稿されていない。明らかにおかしいのだが、今は祐希の情報を探すことが最優先なので、他の情報に目を通し始めた。


「あみちゃーん、かすみちゃーん、ご飯できたので下で食べましょう」

「あっ、はーい!」

「分かりました!」


 祐希の母親の声に遅れて、一階から美味しそうなカレーの匂いが漂ってきた。二人は祐希のことが気になりながらも、今はしっかり食べないとと気持ちを入れ替えて夕食をとった。祐希の家のカレーは隠し味が入っているのかとても美味しく、よく食べさせてもらっていたのだが、今日だけはいつもに比べて味がよく感じられなかった。霞のスプーンを動かす手は重く、口もよく動かない。

 対象的に亜美はガツガツ食べていた。まるで祐希への怒りを表すように。友人どころか母親まで不安にさせて何してるんだと、いつもの祐希らしくない行動に怒り、そして昨日一日一緒にいて祐希の様子に気づけなかった自分に怒り。どれだけ隠そうとも、こんな行動を取る前日くらいは様子が変だと気付け無いことはないだろう。友人の中でも一番近くで接している自負がある。そんな自分が気づけなくて何が親友だと、亜美は自分自身にも怒っていた。


 ふと、インターホンの音がなる。祐希の母親は玄関先の様子を見てため息をつき、そして玄関を開けに行った。


「こんばんは。霞ヶ浦警察の者です。先程通報された守谷さんで合っていますか?」


 そして、玄関先には4人組の警察がいたのだった。

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