第34話 見逃したわけ (春馬 莉子)
『明神興信事務所』のバイトを抜け出した私は、黒執がいる廃校舎の一室まで、私の能力である『高速移動』で帰ってきた。
一刻でも早く、重大なことを黒執に伝えて買ったのだ。
これは真面目に大事件だ!!
私は廃校舎の中に入り、黒執が生活している教室を目指す。
黒執の教室は今もまだ、枯れた蔦(つた)が地面や壁を覆っていた。毎日、教室で暇しているなら掃除すればいいのにと思うが、もしかしたら、現実世界ではゴミ屋敷に住んでいて、部屋が汚れていないと落ち着かないのかも知れない。
ならば、私が口出すのも野暮というものだ。
「く、黒執! 大変だよ!」
黒執は、部屋の中心に敷かれた布団の中にいた。
毛布にくるまり気持ちよさそうに眠り、私の声に半目を開けて応じる。
「ん、なに……? どうしたの莉子ちゃん」
と、呂律の回らない口調だ。
こいつ……。
私がバイトして重大な情報を手に入れたというのに、まさか、昼寝に勤しんでるとは。
しかし、こんな寝心地の良さそうな布団、黒執は持ってたかな?
今日、私が朝出掛ける時は、机をベット代わりにしてたはずなんだけど……。
でも、働いていない黒執が、物質を手に入れる方法など、〈ポイント〉以外に考えられない。〈悪魔〉が用意した『景品』は、人質や回復だけでなく、日常生活に必要なモノも用意していた。
……もし、〈ポイント〉を使って睡眠状況を改善しようとしたのであれば、少しだけがっかりだ。
大切な人を救うことよりも、自身の睡眠が大事だなんて。
私が付いて行こうと思った黒執はそんなことしないと思ってたのに……。
私の表情の意味を読み取ったのか、慌てて布団から起き上がり、手に入れた方法を説明する。
「あ、これ……? これねー。なんか、散歩してるときに出会ったマダムに買って貰ったの」
「……」
なんだろう。
なんか、更にがっかりした。
散歩途中にマダムに買って貰うなんて有り得ないし、もっとマシな嘘をつけと言いたくなるけど――黒執ならば、それぐらいはやりかねないと信じている自分も少なからずいた。
まあ、嘘だったとしても、本当にマダムに買って貰ったとしても、結論は残念でしかないから変わらないか。
って、そんなことよりも私が手にした情報の方が一大事なんだ!
私は『明神興信事務所』で起こったことを黒執に告げた。
「あの二人、『烏頭総合高校』にいた〈悪魔〉――遠藤 旺騎を倒さなかったんだ!」
私のバイト時間が終わる午後4時頃。
二人はどこかに消えて行った。
直ぐにその後を追っていくと、やはり、『烏頭総合高校』に向かっていた。そして、部活動が終わるのを待ち、そのまま、どこかの神社に移動した。
そこまでは、確認できたのだが、そこで正大 継之介が能力を発動し、土と岩でできたドームを作り上げた。
私の『高速移動』ならば、完成しきる前に内部に入ることもできたが、そんなことをしたら私が〈プレイヤー〉だと自ら晒す羽目になる。
今はまだ、正体を明かすのは早い。
それに黒執が言っていたことが気になった。
あの二人に、遠藤 旺騎は倒せないと。
遠藤 旺騎の能力は私の力と同じ『高速移動』。
もしも、ただ、移動するだけでなく、なにか有用な使い方があるのであれば、学ぼうと私は考えていた。
だが、その後、依頼人である片寄 忠がやってきてドームの中に消えた。
そして、しばらくすると、土のドームが崩れた。
中にいた人間と〈悪魔〉は、誰一人消えていなかった。
「つまり、私達のチャンスだよ!」
これはもう、利用するしかないよね!
黒執に速く倒しに行こうよと促す。
「……だとしても、なんでわざわざ、僕に言いに来たの? 折角、〈ポイント〉を独り占めできるチャンスだったじゃん」
「それは……。そう。今回の一件で黒執にお世話になったから恩返しを!!」
「僕なにかしたっけ……?」
「えーっと、なんかしてるでしょ」
……。
いや、何もしてないな。
どうやってか私の後を付けてきただけじゃん。
結論――邪魔されただけだね!!
黒執は私が一人で〈悪魔〉を倒さなかった理由を見抜いていた。
「どうせ、莉子ちゃんのことだから、正大 継之介と明神 公人が見逃したのは、なにか理由があると思ったんでしょ? で、その理由が分からなくて怖いから、僕を利用しようとした。そんなところかな……」
「ば、馬鹿言わないでよね! わ、わ、わわわわわわわわ、私が、そそそそそそそ、そんなことするわけなーいじゃない!!」
「動揺しすぎて良く分からない発言になってるよ」
……ふむ。
見抜かれたならばしょうがない。
その通りだ。
まあ、これくらいは誰でも思い付くか。それでも、流石と言っておこうか。
それに、黒執が「倒せない」と予め宣言していたこともまた、不気味だった。私はその理由を黒執りに問う。
「黒執が二人には倒せないって言ってたじゃん? あれも気になってさ」
遠藤 旺騎はあの二人には倒せない。
だから、こんな呑気に昼寝を決め込んでいた。
折角見つけた〈悪魔〉を見逃すなど――私達には出来ないのに。
「そうだね……。本当はもう少しだけ様子を見ようと思ったけど、もし、見逃して貰ったと考えてるなら、今日の内になんか行動に移してるかもしれないね」
「……ふん?」
「じゃ、試しに行ってみようか。『烏頭総合高校』に」
黒執はそう言って毛布を払って立ち上がる。
真新しい高級な布団が、ふわりと汚れた床に舞い落ちた。
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