第10話 混濁する戦場 (正大 継之介)
俺は飯田 宇美――〈悪魔〉を倒そうと拳を振り上げたはずだった。だが、俺の攻撃は届いていない。それは、『なにか』が俺の背を掴んで倉庫に向けて吹き飛ばしたからだ。
倉庫の壁に背を預けて立ち上がる俺の視線の先には一匹の〈悪魔〉がいた。
竜のような鱗を持つ〈悪魔〉――それは、明石(あかし) 伊織(いおり)を倒した相手だ。
鋭い爪を俺に向けて言う。
「駄目だよ。僕の〈ポイント〉を先に倒そうとしたらさ」
「……やっぱり、騙されたのか」
俺は現れた〈悪魔〉の言葉に、情報を購入した時の言葉を思い出す。〈ポイント〉を求めている〈悪魔〉はいないと言っていた。
だが、実際にはこうして目の前にいるではないか。
倉庫にぶつかった衝撃で目を覚ましたのか、公人が壁を伝いながら外に出てきた。
「大丈夫かい……? 継之介……?」
俺を心配して近づいてくるが直ぐに、二匹目の〈悪魔〉に気付いたようだ。
「あいつは……!! 継之介!!」
「分かってるよ。でも、奴もどうせ〈悪魔〉なんだ。なら、二匹まとめて倒して〈ポイント〉にしてやるよ!」
この場で情報を売らなかった彼女に文句を言ったところで、失った〈ポイント〉は帰ってこない。最善の手はこの場で二匹倒すこと。
そうすれば〈ポイント〉も手に入るし邪魔されることもなくなる。
倒す意思を見せる俺達に、竜の〈悪魔〉は肩を竦めた。
「やれやれ。僕は君たちを倒したところで何も貰えないんだけどな。でも、まあ、今後、邪魔されないと考えれば――今、ここで倒してみてもいいかな」
「お前に俺達が倒せるならな!!」
俺は全身に風を浴びて宙に浮く。
奴の力は警戒した方がいいだろう。一撃で〈悪魔〉を倒し、俺を軽々と放り投げた単純なる力。属性を操る俺とは少し相性が悪い。
単純な力比べは苦手なのだ。
それに、奴の力も全て把握できたわけじゃない。
明石 伊織が殺した人の姿を奪うように、飯田 宇美が水流を放つように――〈悪魔〉にも俺達と同じく特別な力を持っているのだ。
そんな相手に正面から挑むのは愚策。
ならば、距離を取ってヒット&アウェイで様子を探るべきか。
「継之介! 飯田 宇美は僕が引き付ける!!」
「悪い……。きついとは思うが頼む」
「そう思うなら、早めに頼むよ、継之介」
短時間で二匹目の合成獣を生み出すのは体力的には厳しいだろうが、公人は新たに蜘蛛と蛇を合わせたキメラを生み出した。
地面を這うことで水を躱して糸を吐く。
正面から挑まなければ足止めくらいはできる。
なら、やはり俺がさっさと竜の〈悪魔〉を倒さなければ。
俺は空中から滑るように移動して、竜の〈悪魔〉に垂直落下に踵を落とす。
「え、うわっ……。結構マジな蹴りじゃんか……本気で殺す気かよ!」
振り下ろされた俺の脚を後方に跳ねて躱す〈悪魔〉。
空からの攻撃とはいっても、大降りの攻撃モーションでは当たりもしないか。
攻撃にビビって何か能力でも使ってくれればと思ったが、この〈悪魔〉は軽口を叩く割には冷静だった。
冷静に――俺の攻撃に反応し回避してくれた。
「公人!!」
「ああ!」
蹴りの反動を俺は利用して、公人と戦う相手をスイッチする。身体をうねらせ移動する合成獣(キメラ)が糸を吐いて竜の〈悪魔〉の片足を捉えた。
「え、ちょっと! 僕、虫とか蛇とから嫌いだから、あんまり相手したくないんだけど!」
「それは残念だ。どうやら君と僕とでは趣味が合わないらしい」
合成獣自身の強度は脆いが――人間大の蜘蛛が扱う糸だ。大きさだけの変化でもそれは強化されていること同義である。
足首に巻き付いた糸を強靭な爪で〈悪魔〉は引き裂こうとするが、そう簡単には解放されないようだ。
この隙に、二匹まとめて俺が倒す!
俺が最初に狙いを付けたのは飯田 宇美。
竜の〈悪魔〉同様に、俺と公人のスイッチに反応できなかった相手に、風を纏った足を刈り取るように振るう。
これならば、〈ポイント〉は俺のモノだ。
勝利を確信した俺だったのだが――俺の邪魔をするようにぶつかる。
体制を崩した俺の蹴りは空を蹴る。
「なに……?」
また、妨害された。
竜の〈悪魔〉は公人が捕えたまま。ならば、他に誰がいるのかと周囲を見渡すが俺と公人。そして二人の〈悪魔〉以外誰もいない。
「くそっ。一体何なんだよ!」
何が起こっているのか理解していない俺達の中で、唯一人――竜の〈悪魔〉だけは、俺を邪魔した存在を理解しているようだった。
「やれやれ。やっぱり来てるよね……。でも、この場面でも姿を見せないって僕よりも性格悪いんじゃないかな?」
鱗の一部を伸ばして糸を切る〈悪魔〉。
「ふぃー。ようやく切れた。もー、足がベタベタだよ……」
「お前……、何をした?」
「さあね」
惚ける〈悪魔〉。
俺は更に問い詰めようとするが――、
「継之介!! マズい、彼女の同級生が近づいている……」
闇に紛れて見えないが、公人の言う通り廃倉庫に向かって三人の女子高生達が歩いていた。恐らくは今日もブランド品を貰おうとやってきたのだろう。
歩きながらの会話に夢中で俺達には気付いていないようだ。
新たな来訪者を前にして最初に動いたのは飯田 宇美だった。右手で水流を地面に放ちながら、その水流を切るようにして泳いでいく。
正面から地面を泳ぐ〈悪魔〉に、「きゃあ!」と声を揃えて叫ぶ女子高生達。
彼女たちを捕らえた飯田 宇美は右手の尾ヒレを向けて俺達に言う。
「こいつらを殺されたくなければ、邪魔をするな。全員、力を解除してその場から動くなよ!」
人質を手に入れた飯田 宇美は勝ち誇ったように笑う。
「くそっ……!!」
俺と公人は飯田 宇美の言葉に従って能力を解除する。俺は纏っていた風を。公人は生み出していた合成獣(キメラ)を消失させる。
俺達は四国に囚われている人たちを助けるために、〈ポイント〉を集めている。
しかし、だからと言って目の前の人を見捨てることは出来ない。
俺と公人は四国にいる人だけじゃなく、この世界で〈悪魔〉に苦しむ人々を助けたいのだ。
公人とが俺を見る。
次の一手を考えようと視線で訴えかけてくる。
だが――そんな間もなく竜の〈悪魔〉が冷酷な言葉を投げた。
「やるなら早くやれよ」
青い鱗を持った〈悪魔〉は両手を広げてそう言った。
それもそうか。
こいつは〈悪魔〉
人間のことなんて――どうでもいいんだから。
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