第9話 観察する竜の瞳 (黒執 我久)
正大(しょうだい) 継之介(つぎのすけ)
明神(みょうじん) 公人(きみと)
二人の名前さえ分かれば、彼らがどんな生活をしているのかは簡単に調べることができた。
と言っても、それは明神 公人が自身で会社を経営していたからという理由が強いだろう。僕が優秀なわけではない。
ともかく、二人の素性を知った僕は、倉庫の上から内部を覗いていた。
中にいるのは三人。
1人は髪の長い女子高生。廃倉庫に相応しくない高級品のバッグや宝石に囲まれた彼女に、正大 継之介が言う。
「よお、飯田(いいだ) 宇美(うみ)ちゃん。うら若い女子高生が、こんな廃倉庫に1人――しかも、高級バックに囲まれているなんて異常じゃないか?」
得意げな物言いと不穏な空気から、倉庫の中で何が起きているのか容易に想像できる。恐らく、あの女子高生が〈悪魔〉だ。
「お、ラッキー。やっぱり、〈悪魔〉を見つけたみたいだね。流石は明神 公人とでもいうべきか……」
こないだの僕が倒した〈悪魔〉――明石(あかし) 伊織(いおり)の情報を知ったのは、端末でやり取りをする彼女が、「スタートが遅れたあなた達に特別なヒントよ」と教えてくれたから得られた結果だ。
明石 伊織を含めて二匹の〈悪魔〉を僕達は倒したが――この世界に来て一か月。僕たちは自分で〈悪魔〉を見つけたことはなかった。
どれだけヒントを貰おうとも学生である僕達と、自身で会社を経営している社会人とでは、社会的な生活力が根本的に違う。
だがらこそ――、
「見つけられないなら――横取りすればいい」
勿論、彼らも僕と同じく〈ポイント〉を求めているのは知っている。
けど、横取りする奪うことに罪悪感はない。
むしろ、同じ気持ちだからこそ、脇が甘い二人を嫌悪している。大事な〈ポイント〉なのだから、奪われないように警戒すべきだと。
そんなことを考えていると、正大 継之介が炎を纏って突進した。彼はこないだの戦いでも、炎を使っていた。どうやら、彼の能力は炎を操る力のようだ。
炎を使うことで機動力や攻撃力を増加させてはいるようだが、この程度の動きであれば竜人に変化する僕にとっては脅威ではない。
伝説上の生物――竜の力を持つ僕の肉体は〈悪魔〉よりも強かでしなやかだ。それに竜の鱗は厚さや寒さから身を守る。
中途半端な炎など、僕にとっては夏場の日差しと同じだ
……日焼けするから、日光の方が嫌いなんだけども。
ともかく、
「正大 継之介の能力はそれで決定か。となると……明神 公人の方が気になるな」
戦っている姿を見たこともないし、居場所を知ってから後を付けたりもしたのだが、彼は力を一切使わなかった。
僕のように野菜斬るのが面倒くさいからと包丁代わりに、自分の能力を扱うような性格ではないらしい。
「あれ? そう考えると脇が甘いのは僕達の気がするぞ?」
僕と共に行動している春馬(はるま) 莉子(りこ)も当たり前のように能力を使っているし……。僕は数分前に発した自身の言葉に目を瞑る。
「バレてないから良しとしよう」
人に厳しく自分に甘い僕である。現に想定通りこうして横取りの機会を伺いつつ、能力の分析をしているのだ。
結果良ければ全て良しだ。
「……でも、僕が狙う前に負けそうだぞ?」
それならそれでラッキーだけど。
水を操る〈悪魔〉に吹き飛ばされた正大 継之介。炎の能力と水の能力ではやはりと言うべきか水の方が有利なようだ。
炎が水に強いと設定されているゲームを僕は知らない。
一つの属性のみを操る正大 継之介が可哀そうだ――。
「って、うわ!!」
そんな中、明神 公人が僕のいる天井に向けて祈るようにして手を掲げだ。まさか、僕に助けてくれと乞うているのか?
いや、そんなわけないか。さしずめ、僕が付けていることに気付き、この場面で利用しようというのか。
やはり――明神 公人は侮れない。
バレてしまっているならば、姿を見せてさっさと〈悪魔〉を倒そうか。そう覚悟した僕だったが、どうやら、明神 公人は自身の能力を発動させただけのようだった。
彼の頭上に巨大な羽が現れる。
それは、蜘蛛と蝙蝠が混ぜ合わされたような気味の悪い姿だった。
「でも……。うん、気持ち悪いなー。僕、蜘蛛とか苦手なんだよね……」
蜘蛛と蝙蝠の組み合わせなんて最悪だよ。
でも、もしもあの生物が凶暴だったらそんなことは言っていられない。いずれ、戦わなければならないのだから。
僕は目を反らさずに戦いを見つめていると、〈悪魔〉の放水に容易く潰れて消滅した。
「……いや、呆気なさすぎでしょ?」
これ、なにかの作戦か?
あまりに弱い、弱すぎる。
なにか裏がある筈だと僕は見守ってはいるが、両膝を地面に付けた明神 公人は呼吸を荒げて地面に倒れる。
誰がどう見ても奥の手があるような人間の姿じゃない。
「お前の生み出す生物は合成前の生物の強度のまま。蜘蛛と蝙蝠じゃ、どう頑張っても〈悪魔〉には勝てないって」
やっぱり、今日は僕はツイてるみたいだ。
正大 継之介が相棒の弱点を口にした。正大 継之介からすれば、事実を述べることで無理をさせたくないという思いがあったのだろうが、僕の存在に気付いていないようだ。
もしも言葉通りに、明神 公人の生み出した合成獣が、生物としての肉体強度が増加させられないのであれば、警戒するほどの能力じゃない。
現に、二人揃って〈悪魔〉に負けそうだ。
「こうなったら、〈悪魔〉に邪魔者二人を倒して貰おうかな……」
〈悪魔〉が倒してくれるならばそれでいい。〈悪魔〉を倒されるのは困るけれど、その逆は全く持って困らない。
むしろウェルカムだ。
同じ人間を手に掛けなくてもいいしね。
せめて同じ人間として最後を見届けてやるか。両手を合わせて冥福を祈る僕とは違い――正大 継之介は諦めていなかった。
彼は立ち上がり再度、能力を発動する。
「あれ? 彼は炎を操るんじゃなかったのかな?」
正大 継之介が操る属性は炎から風に変化していた。
〈悪魔〉も僕と同じく驚いていた。
炎に対抗したように、水を一対の砲弾として放つが、風に流され消えていく。
炎と水の相性があるように、水と風では風の方が有利らしい。
水弾を弾いた正大 継之介はそのまま〈悪魔〉を掴んで倉庫の中から引きずり出す。奪われた金品を傷つけたくないらしい。
この場に置いてもまだ、そんな甘いことを考えている正大 継之介に僕は呆れるが――〈悪魔〉にトドメを刺そうと拳を振り上げた。
「あれ、これ、ちょっとやばいぞ……?」
僕は竜の脚力を使い、倉庫の天井から飛び降りた。
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