第8話 女子高生の〈悪魔〉 (正大 継之介)

 埃と塩辛い匂いに満ちた空間に――彼女はいた。

 短すぎるスカート。

 両手に嵌められた宝石。

 麗しく煌びやかな女子高生の姿は――色味のない灰色の倉庫には似合わなかった。


 彼女の名前は飯田 宇美。

 俺達が情報を貰っていた〈悪魔〉だった。俺と公人は情報を得た次の日から飯田 宇美の追跡を始めた。

 彼女が動いたのは追跡を始めてから初めての休日。俺達が情報を得てから二日目の夜だった。満月が海に映る静かな夜に、彼女は倉庫を訪れたのだ。


 可愛い女子高生には似合わない場所だ。

 俺は倉庫の扉を開けて中に居る飯田 宇美に声をかけた。


「よお、飯田(いいだ) 宇美(うみ)ちゃん。うら若い女子高生が、こんな廃倉庫に1人――しかも、高級バックに囲まれているなんて異常じゃないか?」


 飯田 宇美が立つ周囲にはステンレスで出来たラック棚がいくつも並べられていた。棚の上には数えきれないバックや財布、宝石までもが乱雑に置かれていた。


 いきなり現れた俺達に驚いた彼女は、


「な、なんだ、お前らは……! 警察か!? だったら、私に関わらない方がいい。私は――〈悪魔〉なんだからな!!」


 自身が〈悪魔〉であることを惜しげもなく晒した。皮膚の剥がれる音が廃倉庫に響く。彼女の内側から姿を見せたのは、一匹の〈悪魔〉だった。

 右手には尾ひれが、左手には鯨のような頭が付いていた。その異様な姿は間違うことなき〈悪魔〉だ。


 その姿を見せれば、普通の人間は――彼女に手出しはできない。いくら訓練された警察や自衛隊だろうと、それは人間と対峙することが前提なのだ。

〈悪魔〉と戦って勝てる訳もない。

 だからこれは――俺達の役目だ。

「僕たちが警察だってさ。彼女、面白いことを言うねぇ」


 飯田 宇美が発した言葉に公人が笑う。


「ああ、そうだな。俺達が警察だったら、あんたは助かったのにな」


 真の姿を見せたにも関わらずに、態度を変えずに前に出た俺達に、なにか思い当たる節があるのか、「まさか、お前達が、明石(あかし) 伊織(いおり)を倒した〈プレイヤー〉か!?」と、彼女は言う。


「そうだ。と、言いたいところだが、正確には横取りされたプレイヤーだ」


 お前たちの仲間にな。

 そう告げる俺に、公人が「わざわざ訂正しなくてもいいのに」と、隣で首を振った。俺達の余裕を秘めた態度に、怒りを露わにする〈悪魔〉。


「ふん。だとしても奴を倒したからなんだ! 奴は人の姿に化ける能力しかない雑魚だ。人間の姿なんて、一つあれば充分なのに……」


〈悪魔〉は本来の姿である今の飯田 宇美のような化物の姿と、人間態の姿を一つずつ持っている。だが、先日倒した〈悪魔〉は、殺した人間に化ける能力を持っていた。

 人に化けずとも力があるのだから、面倒なことはせずに正面から奪えばいいと、飯田 宇美は言いたいようだ。

 彼女の言葉に公人が同意する。


「なるほど、それは確かにそうだね」


「感心してる場合か。いいから、こいつを倒そうぜ!」


 どんな力を持っていようと〈悪魔〉は〈悪魔〉だ。

 強奪を繰り返した飯田 宇美は倒さなきゃならない。そして、ここに集められた商品をあるべき場所に返すんだ!


 俺は、炎を全身に纏った弾丸となり駆ける。

 纏った炎を後方に向けて放ち、機動力を上昇させる。まず、俺が優先すべきは飯田 宇美をこの倉庫から引き離すことだ。

 メタルラックによって区画が作られたこの場所では、攻撃方向が限定される。

 だが、そう考えているのは俺だけだった。

 飯田 宇美は、正面から突っ込む俺に左手を翳す。すると、その掌から勢いよく水が吹きかけられた。棚に並んだバック達が水で押し倒される。


「……くそっ!」


 水流を受けることで、俺の纏う炎が煙を発して弱まる。

 飯田 宇美の手前で動きを止めた俺に対して、


「あと、もう少しだったのに、残念ねぇ」


 右手の尾ひれを使って俺を弾き飛ばす。

 倉庫の壁に叩きつけられ地面に落ちた。


「……がっ」


 ノーガードで攻撃を喰らったからか、覚悟していたダメージよりも大きい。痛みが引くまで動くのは難しいか……。

 俺は追撃を警戒するが、〈悪魔〉はその場から動く気配はない。勝ち誇ったように俺を馬鹿にするだけだった。


「そうか。お前の力は炎を操る能力か。残念だったわね……私は水を吹き出す力を持っているのよ? 私に取って相性は良いみたいね」


「……くっ」


 俺の火力では、飯田 宇美が操る水流を突破できないようだ。だが、飯田 宇美の言う通り完全に相性が悪い訳じゃない。

 俺の纏う炎が水流を弱めてくれた。

 故に俺は水によるダメージは殆どない。


 だが――問題は飯田 宇美の右手に付いた巨大な尾ヒレだ。あの腕は当たり前だが飾りじゃないようだ。盾のように俺の拳を受けて、鞭のように振るい俺を吹き飛ばした。


 防御が間に合わなかったとはいえ、一度で全身を引き千切るような痛みを与えてくるのだ。そう何度も受けたら本当に体が弾け飛ぶかも知れない。


「だからと言って、手がないわけじゃないんだけどな……」


 相手が水流を生み出す能力と分かれば、対応することは容易い。だが、そのためには少し受けたダメージを回復しなければ。


 俺の思考を読み取ったのか――公人が前に出る。


「なら、ここは僕がやるよ」


 公人が右手と左手を天に祈るようにして組み合わせると――その頭上に一匹の獣が姿を現す。

 光りに包まれて生み出されたのは蝙蝠。

 いや――それはよく見ると、8本の節足を持った蜘蛛のようでもあった。


「な、なんだこいつは……!! ば、化物!?」


 公人の頭上で羽ばたく生物に声を上げる飯田 宇美。


「化物なんて君には言われたくないんだけどな……? 可愛いでしょ? これは蝙蝠と蜘蛛のキメラだよ?」


 合成獣キメラ――それが公人の持つ能力だ。

 2匹の生物を掛け合わせて新たなる生物を生み出すことができる能力だ。羽ばたき空中から人を吐き出す。生物の特性を掛け合わせた合成獣の利便性は高い。

 だが――公人の能力には決定的な弱点があった。

 だからこそ、正面からの戦いは避けていたのだ。


「ちょこまかとうざいのよ!!」


 合成獣の腹部から吐き出す糸を躱しながら、飯田 宇美は水流を噴き出した。合成獣キメラはその水流を避けようと飛翔するが、追従する水流を受けて天井に叩きつけられる。

 その一撃で生み出された合成獣キメラは粒子となって消えていく。


「……やっぱり駄目か」


 公人が息を荒げて両ひざから崩れた。

 これが公人の能力の弱点だ。

 どれだけ合成獣キメラを生み出そうと、その強度は元の生物に依存する。どれだけサイズが巨大になろうとも、丸めた新聞紙で叩かれた程度で消滅してしまう。

 人間を越えた力を持つ〈悪魔〉を前にしては、耐久度が圧倒的に足りていない。生物の特性を組み合わせて操る能力は有能ではあるが、その弱点から戦いには向いていなかった。

 公人だってそれが分かっている。

 それでも、戦いに参加せねばならない状況にしてしまった俺が悪い。


「すまない。ちょっと、疲れた」


 公人はそう言って目を閉じた。

 これもまた――公人の能力の弱点。作り出した合成獣がやられた場合、更に体力を奪われ、負ったダメージの半分を公人が負うことになる。

 眠りについた公人を見て、


「なんだ? こいつら――弱いな。本当に明石 伊織を倒したのか?」


 飯田 宇美が俺達を嘲笑う。

 全くだ。

 いきなり邪魔をしに来て、二人揃って無様に倒れてるんだ。相手からしたら嘲笑もしたくなるだろう。


「……ま、確かに倒したのは俺達じゃないんだけどさ」


 俺は痛めた身体に鞭を打って立ち上がる。

公人が自身の力の弱点を承知で時間を稼いでくれたのだ――なんとか戦うことは出来る。


「じゃあ、これを使わして貰おうか――!」


 俺はそう言って能力を発動する。

 俺が纏うのは炎――じゃない。

 渦巻く暴風。


「なっ……。今度は風を? お前の能力は炎を操ることだけじゃないの!?」


「誰が炎だけだって言った……?」


 俺は風を纏って空を飛ぶ。

ビルに移動する際に跳躍したのも――風の力を使っていたからだ。

 竜巻を纏った俺に水を放つが、風で作った壁に沿って流れていく。

 受けるのではなく受け流す。

 水は風に揺られて流れていく。

 ならばと風に切り替えてみたのだが、俺の考えは当たりらしい。ゲームらしく属性による優劣が〈並行世界〉にもあった。


 水流を回避した俺は倉庫の天井に近い場所から急降下し、飯田 宇美を掴んで倉庫の外に連れ出した。


「きゃあ!」


 ここにきて初めて女子高生らしい叫びを挙げた。

 地面へ倒れた〈悪魔〉に俺は告げる。


「さあ、これで――終わりだ」


 右手に竜巻を纏い――〈悪魔〉に拳を振るった。

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